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2006年9月26日 (火)

谷川岳マチガ沢で遊ぶ

Img_0132_1 I-nac山岳部の活動で谷川岳に行ってきました。谷川岳は日本100名山でもあり、とても有名な山ですが、我々は登山道を歩いて頂上を目指すようなフツーなことはしません。今回の計画は沢を登り、途中から急な斜面をよじ登って登山道が無い尾根に出て、岩場をいくつか越えて頂上に出るというものでした。谷川岳には“一ノ倉沢”というすばらしい沢がありますが、その隣にある“マチガ沢”を登攀ルートに選びました。メンバーはイット、JUN、ザ・クライマーHとりお太郎です。

景色が素晴らしい開放的なマチガ沢から、小さい沢に入り“シンセンのコル”という岩頭が立つ尾根まで登るルートが存在し、ここから東尾根を登るのが谷川岳のバリエーションルートのひとつなのですが、我々はまったくの間違った沢に入ってしまい、(これがホントの“マチガ”った沢登りだ!)とんでもない目に遭ったのです。

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Pict0007_1 簡単なはずの沢登りに、ありえないほど難しい岩場が出てきて、最後には危険すぎて登れなくなり、完全に行き詰ってしまったのです。撤退を決断したあと、岩場を降りなくてはならず、草や木の枝をつかみながらゆっくり慎重に下山しました。懸垂下降なんかも実践できて、良いトレーニングにはなったのですが・・・ちょっと怖かった!

マチガ沢まで無事に降りたあとは、正しいルートの入り口を確認し(次回のリベンジのため)、それから沢に残っている雪渓のトンネルのところで記念写真を撮りました。山岳部として、目標のルートは登れず見事敗退したのですが、それでもけっこう楽しめた山行になりました。

画像はイットが撮影したものです。モデルはJUN & ザ・クライマーH

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2006年9月25日 (月)

クライミングコンペ“マムートカップ”

Pict0005新潟市のスクエアクライミングセンターで開催された“マムートカップ”にI-nac1年生のイットが参戦しました。I-nac山岳部の何人かで応援に行きましたが、残念ながらイットは予選敗退。エントリーしていた選手の中で、イットの登る順番は2番目だったこともあり(後の方の人は前の人たちのクライミングを見れる)、イメージしていたムーブが、核心部で思うようにはできなかったようでした。このルールは、“フラッシング方式”というやり方だそうですが、先に登らなくてはならない選手の方が不利な気がしました。

スクエアクライミングセンターが新潟にオープンして3年経ちましたが、毎年コンペの参加者数が増えています。新潟のクライマーの数がだんだん増えてきていることを実感することができました。今回のコンペでは参加者が70人を超え、I-nacの学生が上位入賞するのは難しくなってきました。

イットは来月、今度はI-nacのクライミングウォールで開催される“新潟カップ”に参戦する予定なので、この悔しさをバネにきっとがんばってくれるでしょう。

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2006年9月18日 (月)

歩いてしか行けない秘湯

Pa0_0001温泉マニアのりお太郎は、山の中にある秘湯、野趣あふれる露天風呂が特に好きだ。火山帯にある日本列島は温泉に恵まれており、全国にすばらしい温泉がある。これは他の国に行った時、外国人たちに大いに自慢するべきことだ。昔ながらの古い宿が並ぶ温泉地を歩いたり、源泉かけ流しにこだわったり、静かな一軒宿でのんびりするなどと温泉の楽しみ方はいろいろあるが、登山が好きなりお太郎は、温泉が本当の山の中、自力で登らなくてはたどり着けないような場所にあると、スゴイ惹かれる。

そんな温泉のひとつに、険しい登山道を2時間歩かなければ入れない秘湯、“赤湯”がある。りお太郎は宮下先生と一緒に、昨日久しぶりに赤湯に行ってきた。この新潟を代表する秘湯は、スキーで有名な苗場スキー場のすぐ脇にある林道から入る。そして苗場山の頂上へ続く登山道を登って、道がいったん下り清津川の川原に出たところに露天風呂がある。

前に来た時は、たしか誰一人といなくて、広々とお風呂を独り占めできたのだが、最近は中高年の登山ブームが、さらに進化し、秘湯ブームにまでなっているようで、おじちゃんたちがたくさんいた。Sn250351Sn250347赤湯には明治時代創業という老舗山小屋の“山口館”が建っていて、そちらの宿泊客も大勢いるようだった。 人が多くて、ちょっと秘湯という雰囲気を味わえなかったけど、清津川の流れがすぐ目の前にあり、その山深いロケーションにいると、日本の温泉の良さがしみじみと感じられる。赤湯というだけあって、お湯は赤茶けていて、けっこう広い湯船には、熱いところととぬるいところとあるので、ちょうど良い湯加減で長く入っていられるのだ。

ホント最高の温泉なんだけど、ゆっくりお湯につかった後、また2時間の道のりを汗びっしょりになって歩くのがつらい。ふたりとも帰りの行程はだるくてしんどかった。でも、しりとりをして気を紛らわせようとしていたら、あっという間に登山口に着いた。(宮下先生にしりとりで打ち負かされた)

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2006年9月 7日 (木)

“話せる”旅人はやっぱりエライ!

前回エクアドルの話の中で、キトの治安悪さについて紹介した。日本に住んでいるとイメージするのが難しいけれど、いわゆる発展途上国と呼ばれる国では、予測できない危険とつねに隣り合わせなのである。タクシーに乗ったらスラムみたいなところに連れていかれ、身ぐるみ全部持って行かれることだってある。悲しいことだが、外国には旅行者をカモにして収入源にしている人が多くいる。しかし、その現実を知った上でも、海外で活動する意欲を持ち、たとえ被害者になったとしても、ただ腹を立てるのではなく、油断した自分も悪かったと言える旅人は逞しくなっていけると思う。Dscn0371_1

メキシコの街角(夜は出歩けない)

 海外を放浪したことがある人は、大なり小なり何かしら危険な目に遭っているもので、その経験によってトラブルに巻き込まれないようにするための術を身に付ける。りお太郎も何回か嫌な目にあっているし、旅先で情報交換をして、いろいろと知恵をつけさせてもらった。まず、日本人はお金持ちという先入観が外国ではあり、服装からして目立つ存在だし、とかく無防備なので悪い人たちの餌食になりやすい。個人旅行にはいろいろとリスクがあるのは当然なのだが、できるだけ安全に旅をするためにできることはたくさんある。

まず、貧しい国に行くのにオシャレをして行くことは、りお太郎的にしてみれば意味が分からない。それは“わたしはお金持ちですよ~”と宣伝しながら、“わたしからなにか盗んでみてはいかが?”と、現地の悪い人たちに挑戦しているようなものだ。この冒険的な行動には楽しいことなど何一つないはずである。お金を持っている旅行者ということをアピールせずに、シンプルな現地の人たちと大差ない格好をすることが得策だ。登山を目的に海外に行くと、目立つアウトドアウエアしか持っていないことがあるが、町歩き用に一枚でも服を持っていくか、安い適当な服を購入してしまった方が良い。その服は帰る時に捨てちゃってもいいけど、意外とそれが良いおみやげになる(あまり喜ばれない)。りお太郎の場合、日本の山で着ているウエアもけっこうボロくて、それを海外でも着ているので問題は無い。Img_0002_1

空港ターミナルで勝手に寝ているりお太郎

 治安が悪い国で安全に活動するために最も重要なテクニックはひとつしかない。それはその人が持つ情報収集力につきる。たとえば、海外に行く前に登山の技術に磨きをかけ、スーパークライマーになっていたとしても、山までたどり着くことができなければ意味がない。また、山に入るまでに大きな苦労があったり、十分な準備ができていないと、きっと思うような登山はできないだろう。せっかくの海外の山も、情報収集力の無い人は楽しみを半減させてしまう。だから、海外では(特に発展途上国)CIAかKGBのスパイになったつもりで、その国の情報を察知 し、的確で、安全な行動をとるために最大限の努力をするべきだ。

日本人はこれから海外に行くという時、情報源としてガイドブックに頼ることが大きい。りお太郎は決して統計をとったわけではないが、ほとんど人が“地球の歩き方”というガイドブックを使っているようだ。この本をあまり悪く言いたくはないが、この本は別名“地球の迷い方”と呼ばれている。ベテランバックパッカー(?)にとってはあまり役に立たない本である。ガイドブックのについてのよもやま話はまた別の機会にして、りお太郎が現地でどのようにして情報収集をしているかを紹介させていただきたい。もちろん出発する前にできることはすべてやっておくことが大前提だが、ガイドブックには載っていないこと、インターネットでは十分に把握できない、やはり現地に行ってからでないと分からないことはたくさんある。

宿選びは慎重にしなくてはならない。安全で清潔で、設備の整った施設が良いにきまっているが、それよりも情報収集ができる宿を見つけたい。例えば世界中から旅行者が集まっている“ユースホステル”には貴重な情報がいっぱいある。掲示板があり、各種パンフレットが置いてあるだけでなく、自炊ができるキッチンがあるので、そこで他の旅行者と気軽に話ができるのだ。ユース以外にも主要な町ならば必ずひとつはバックパッカーの集まる宿があり、談話できるスペースでみんな情報交換を行っているものだ。旅人が集まるような宿は、だいたい駅やバスターミナル、インフォメーションセンターだとかスーパーマーケット、市内観光のメジャースポットなど旅人にとって重要な場所へのアクセスが良い。それは好都合なことだし、いろんな意味で安心だと思う。英語が読めると、旅人が集まる宿を“Lonely Planet”などのガイドブックから(アメリカ、イギリスなどで出版されているもの)だいたい見当をつけることができる。しかし、それは経験を積むことによって得られる感覚だし、慣れも必要なのかもしれないImg_0008_1

海外ならではの、オンボロバスでの移動

 登山を目的に海外に行く場合も、山へのアクセスを考えた上で宿を選択する。重要なのは、山のふもとの町などで登山家たちがいる宿を見つけて情報収集することだ。あるいは、その町の登山用具店もしくはスポーツ用具店でいろいろ聞いたり、登山家っぽい人を見かけると、図々しく話しかけたりもできる。山に関しては普通のガイドブックとか、現地のインフォメーションセンターでは得られない情報ばかりなので、登山の専門書やインターネットに頼らなくてはならない。でも、一番聞きたい情報、登山を成功に導く鍵となるような情報を持っているのは、現地で実際に山を登っている人たちだ。単独登山で、宿泊はつねにテント泊にしていたとしても、他の登山者たちとのコミュニケーションをとることによって得られるメリットは大きいと思う。Dscn0343

生のチキンがいっぱい

 こうして考えると、ある程度の語学力が安全に海外を旅するためには、必要最低限の能力と言えるのかも知れない。しかし、南米のように英語圏ではない場所に行くと、英語ではなく今度はスペイン語が話せないと不自由になったりする。だから、たとえ言葉に自信がなくても積極的にコミュニケーションを図る努力をおしまないことだ。それによって必然的に語学力も上達するし、旅行者どうしが助け合って、お互い良い旅ができるようになれればすばらしいことだ。実はフリーター暦10年とかの、旅マニアが英語が堪能だったりする。とにかく旅好きならば言葉を憶えよう!

※写真は全部メキシコです。

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2006年9月 1日 (金)

世界で一番高い山は?

誰もが名前は知っているであろう、ヒマラヤ山脈のエベレスト(標高8,848m)が世界最高峰であることは間違いない。しかし、その標高はあくまで海抜何メートルという基準で考えた場合である。地球上にある山の高さを、ちょっと別のやり方で測れば、エベレスト以外の山の方が高くなる(?)ことをご存知か?たとえば、地球のコア、38351地球の中心から計算すると世界一高い山は南米エクアドルのチンボラソ山とも言えるのだ。それは球体をしている地球は、完璧な球体ではなくて、赤道周辺の地表の方が、北極点や南極点の地表よりコアからの距離が遠いので、ちょっとだけ楕円形のようなかたちになっている。だから、ほぼ赤道上にあるチンボラソ(海抜6,267m)が世界最高峰という見方だってできるのである。

そのチンボラソの初登者は、かの有名な登山家“エドワード・ウィンパー(英1840~1911)” である。まだヒマラヤなどが未開の地だった当時、アルプスのマッターホルンなどの初登者であるウィンパーは、南米にあるチンボラソが世界最高峰ではないかと考えたという。実際のところ、標高6,000m以上の山がゴロゴロある南米のアンデス山脈にあって、チンボラソはそれほど高い山だという感じはしない。登攀の難易度だってエクアドルの隣国のペルーやボリビアの山々に比べるとずっと易しいのだ。活発な活動はしていないが、巨大な火山であるチンボラソは単独峰なので、かなり遠いところからでもその姿は見ることができる。広い南米大陸にドーンとひとり立っているチンボラソを望めば、その世界最高峰?という肩書きはともかく、スゴイ山だなぁと思うに違いない。

エクアドルは多彩な国だ。エクエター(赤道)にある国だから、熱帯のジャングルや、美しいビーチがあり、珍しい爬虫類で有名なガラパゴス諸島なんかもこの国にある。そして、エクアドルの中央にアンデス山脈が縦断していて、チンボラソも含め標高5,000mを超える山がちょうど10座ある。エクアドルの高い山は、山脈として連なっているのではなく、全部が火山ですべて独立峰なのだ。どれも個性があり魅力的な山ばかり、しかし、残念なことにエクアドルは治安が悪いので、登山以外のところで緊張感がある。特に首都キトでは身の回りをつねに気をつけなければならない。無防備の旅行者はスリの格好の餌食になってしまうだろう。(りお太郎はいつのまにかポケットの中のお金をスられてしまった。)

180300176704りお太郎はエクアドルでコトパクシ山(5,897m)とチンボラソのふたつに登った。最初にコトパクシを登ったが、クレバスやスノーブリッジがあったので、単独登山の場合はかなり緊張感がある。しかも、酸素が薄い影響をモロにくらったりお太郎は登頂はしたのだが、下山する時はへろへろになってしまい。ノックダウン寸前の状態になった。にもかかわらず、下山後すぐに移動して、チンボラソにチャレンジして、今度はあっけなく敗退した。コトパクシで高所順応した後、すぐにチンボラソにも登っちゃった方が良いと考えたのだが、コトパクシ登山後の体に残っていたダメージはあまりにも大きかったのだ。

67819その後、りお太郎は2週間キトに滞在し、スペイン語学校に通って語学力の勉強に励んだ。これは南米を旅するにあたって、賢い選択だったと思う。チンボラソは2週間たって体が回復し、コトパクシでの無茶を十分に反省した上で、再チャレンジした。そして2回目は無事登頂することができた。ちなみにチンボラソは標高5,000mのところに小屋があるので、通常登山者はそこをベースに、夜中から頂上アタックするのだが、りお太郎は高所順応をしっかり行うために小屋に2泊してから、頂上を目指した。それでも6,000mを超えてからの歩くペースは、赤ん坊のハイハイにも劣るようなスピードだった。正直言うと、頭がクラクラしていて、頂上で感動するような余裕はなかった。ただ、小屋まで無事に降りてきた時、とてもホッとしたことは鮮明に憶えている。

あんな無鉄砲な登山は、今は結婚して子供もいるからできないなぁ~。

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