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2006年10月26日 (木)

“新潟カップ”で いっと が奮闘

Pict0003_3 新潟県山岳協会が主催するクライミングの大会“新潟カップ”は、毎年I-nacで開催されています。この大会には新潟県在住の腕に覚えがあるクライマーのみならず、他県からもクライマーたちが妙高にやってきます。

I-nacからは1年生のいっとが参戦し、オープンクラスというカテゴリーで最もレベルの高いクライマーたちと競い合いました。この大会の参加者たちが登るルートを考え、ルートセッターとして用意してくれたのはI-nacのクライミング講師の丸木先生です。これはいっとにとっても、他のクライマーたちにとっても重要なポイントで、丸木先生はボルダリングの日本チャンピオンという肩書きどおり、とにかく難しく、激しく、頭脳も必要とする、厳しめのルートを作る人です。

案の定、丸木先生の創造力が要求されるルートでオープンクラスは大混戦になりましたが、いっとは予選では4位につけ、順当に決勝にすすむことができました。決勝のルートは、これまたユニークかつ難しいものになり、最終的にすべて登りきった完登者はひとりもいませんでした。そして、われらがいっとの最終順位は4位。わずかの差で入賞を逃してしまったのでした。う~ん、残念!

今後、丸木先生に鍛えてもらいながら、いっとはステップアップしてくれると思います。

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2006年10月16日 (月)

りお太郎、大町マラソンを惨めにリタイヤ

フルマラソンを走ることには、とても大きな価値があると思う。

何が楽しくてそんなに長い距離を走るのか?走っていて気持ちが良いことなんてあるの?42.195kmを走ると、それほどの達成感があるのか?といった単純な質問に対し、正直なところりお太郎は明確な答えを持たない。マラソンは過酷であり、孤独でもあるし、走りきるためにはそれなりに走りこんだり、体を鍛えることが不可欠なので、とても気軽で、誰でも楽しめるスポーツとも言えない。それでも、マラソンを走ることはすばらしいことで、とても大きな価値がある、と言い切れる。

重いザックを背負って、きつい急登を黙々と歩く登山にも、マラソンと通じるものがあると思う。どちらかというと登山もマラソンも、"M"の人に向いている(りお太郎は自他共に認めているマゾな男)。体が痛めつけられ、精神的にも追い込まれ、最終的には達成感というよりも、終わったという安堵感が待っているような、そんな世界だ。それにもかかわらず、不思議なことに誰になんと言われようが、登山がしたい、マラソンを走りたい、と言う人はたくさんいるのだ。

さて、今年の大町マラソンにはI-nacの3年生たちが走ることになっており、それを聞いてすぐに、りお太郎も一緒に走ることを決断した。今思えばそれはあまりにも安易で、完全に準備不足だったことを否めない。マラソンに向けてのトレーニングも、その当日前までに体調を整えるようなこともしなかった。りお太郎は19歳の時、フルマラソンを完走しており、それなりに山登りにも行っているのだから、何もしなくても、なんとかゴールまで走りきることくらいはできるだろうと、自分の肉体を過剰にまで信頼したのだ。

Pict0011 結果は無残にも、途中タイムアウト(30km地点で、4時間を過ぎるとリタイヤさせられる)という、なんとも歯がゆい、中途半端なことになった。その30km地点を、2分ほど早いタイムで通過できれば、タイムアウトにはならなかったのだが、もうゴールまでたどり着くための力は残されていなかった。とにかくボロボロだったのだ。ひざと、足首、そして足の裏が激しく痛み、さらに股ずれが追い討ちをかける。23km地点あたりで、ついに自分に負けて、歩いてしまった。その後はほとんど歩きメインで、走ってはすぐ痛みにこらえきれず、歩いてしまう。一度負けてしまうと、もうそこから不屈の魂を奮い立たせ、気合いを入れ直して、走ることはできなかった。

りお太郎はここ3年ほどで体重が6~7kgも増えている。さらに30代を向かえ、20代前半の時のように毎週山にでかけたりもしていない。はっきし言って運動不足だし、間違いなく年老いて、中年オヤジにむけてまっしぐらに進んでいる状態だ。19歳のとき走ったフルマラソンでは、ゴールのタイムは4時間5分だったはずで、今回はその時間帯に、30km地点あたりでぶっ倒れる寸前だった。なんとも悲しい結果だ。

多分、マラソンはたった1、2回だけでなく、何回か走ってこそ、初めてその良さや価値が分かってくるものではないだろうか。今回のマラソンで、自分の弱さを再認識でき、肉体的にも精神的にもどんどんダメな方向にいっている自分に気づかされた。ここで、なんとか踏ん張らなくてはならない!とりあえず、不甲斐ない姿を見せてしまった学生たちに、来年も大町マラソンを走る、と宣言した。

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2006年10月11日 (水)

青森の岩木山をみて想う

りお太郎は今週、青森に行ってきました。津軽半島の真ん中あたりにある町"五所川原"にりお太郎の奥さんの実家があるのです。五所川原からほど近いところにある弘前の方はけっこう大きな町なのですが、五所川原はその田舎ちっくな名前からも想像できるとおり、ホントのホントに田舎くさい町です。津軽地方は訛りも独特なので、訪れるたびに本州の端っこまではるばる来たなぁという感慨が自然と湧いてきます。

大阪発青森行きの寝台特急"日本海"に直江津から乗り込むと、寝ているうちに青森まで運んでくれます。新潟~青森間を車で運転するのと比べると、夜中の12時近くに直江津を発ち、朝方に弘前に着いてしまう夜行列車は随分楽なものです。今回、大雨の影響で列車はかなり遅れてしまったのですが、列車が青森に入ってからは車窓から岩木山を望むことができました。通称"津軽富士"と呼ばれ、標高は1,625mの独立峰です。

津軽出身の作家、太宰治の小説の中に岩木山のことがあり、この山が美しく、故郷の山として誇りに感じられるのは、岩木山が独立峰だからと書かれています。この山のまわりにほかにも山があったならば、全く価値が下がってしまうというわけです。たった1,600m程度の山でも、津軽平野でひとりそびえて立っているから、良い山なのだと岩木山について親しみをこめて紹介していたことが、りお太郎の印象に残っています。それでも、真っ赤に実ったりんごの木々のむこうに見えた岩木山すばらしい山だなぁと思えました。

りお太郎は山が好きで好きで、海外の山にも憧れを抱き、今もなんとかお金を貯めて海外遠征の計画を立てたりしているのですが、よ~く考えてみると一番好きで、憧れる山は孤高にそびえる独立峰なのかなぁと気づくかされました。以前紹介したオレゴンのフッド山、エクアドルのチンボラソも、カナダのアッシニボインもスイスのマッターホルンなんかも全部独立峰です。りお太郎は、きっとこれからも世界にある○○富士みたいな山とか、広い大地にポツンと立つ独立峰を目標にすることになりそうです。

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