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2006年10月16日 (月)

りお太郎、大町マラソンを惨めにリタイヤ

フルマラソンを走ることには、とても大きな価値があると思う。

何が楽しくてそんなに長い距離を走るのか?走っていて気持ちが良いことなんてあるの?42.195kmを走ると、それほどの達成感があるのか?といった単純な質問に対し、正直なところりお太郎は明確な答えを持たない。マラソンは過酷であり、孤独でもあるし、走りきるためにはそれなりに走りこんだり、体を鍛えることが不可欠なので、とても気軽で、誰でも楽しめるスポーツとも言えない。それでも、マラソンを走ることはすばらしいことで、とても大きな価値がある、と言い切れる。

重いザックを背負って、きつい急登を黙々と歩く登山にも、マラソンと通じるものがあると思う。どちらかというと登山もマラソンも、"M"の人に向いている(りお太郎は自他共に認めているマゾな男)。体が痛めつけられ、精神的にも追い込まれ、最終的には達成感というよりも、終わったという安堵感が待っているような、そんな世界だ。それにもかかわらず、不思議なことに誰になんと言われようが、登山がしたい、マラソンを走りたい、と言う人はたくさんいるのだ。

さて、今年の大町マラソンにはI-nacの3年生たちが走ることになっており、それを聞いてすぐに、りお太郎も一緒に走ることを決断した。今思えばそれはあまりにも安易で、完全に準備不足だったことを否めない。マラソンに向けてのトレーニングも、その当日前までに体調を整えるようなこともしなかった。りお太郎は19歳の時、フルマラソンを完走しており、それなりに山登りにも行っているのだから、何もしなくても、なんとかゴールまで走りきることくらいはできるだろうと、自分の肉体を過剰にまで信頼したのだ。

Pict0011 結果は無残にも、途中タイムアウト(30km地点で、4時間を過ぎるとリタイヤさせられる)という、なんとも歯がゆい、中途半端なことになった。その30km地点を、2分ほど早いタイムで通過できれば、タイムアウトにはならなかったのだが、もうゴールまでたどり着くための力は残されていなかった。とにかくボロボロだったのだ。ひざと、足首、そして足の裏が激しく痛み、さらに股ずれが追い討ちをかける。23km地点あたりで、ついに自分に負けて、歩いてしまった。その後はほとんど歩きメインで、走ってはすぐ痛みにこらえきれず、歩いてしまう。一度負けてしまうと、もうそこから不屈の魂を奮い立たせ、気合いを入れ直して、走ることはできなかった。

りお太郎はここ3年ほどで体重が6~7kgも増えている。さらに30代を向かえ、20代前半の時のように毎週山にでかけたりもしていない。はっきし言って運動不足だし、間違いなく年老いて、中年オヤジにむけてまっしぐらに進んでいる状態だ。19歳のとき走ったフルマラソンでは、ゴールのタイムは4時間5分だったはずで、今回はその時間帯に、30km地点あたりでぶっ倒れる寸前だった。なんとも悲しい結果だ。

多分、マラソンはたった1、2回だけでなく、何回か走ってこそ、初めてその良さや価値が分かってくるものではないだろうか。今回のマラソンで、自分の弱さを再認識でき、肉体的にも精神的にもどんどんダメな方向にいっている自分に気づかされた。ここで、なんとか踏ん張らなくてはならない!とりあえず、不甲斐ない姿を見せてしまった学生たちに、来年も大町マラソンを走る、と宣言した。

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