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2006年12月14日 (木)

山岳部冬山合宿 in 上州武尊山

Img_0054群馬県にある武尊(ほたか)山は、北アルプスにある穂高(ほたか)岳と山名が似ているので間違われやすい。どちらが有名かと言えば、穂高岳の方に違いないけれど、武尊山も負けず劣らず良い山だと思う。

武尊山の名前の由来は大和武尊(ヤマトタケルノミコト)からきていて、日本書紀によると天皇の命で大和武尊を大将に東方征伐が行われ、武尊山がある群馬県片品村あたりを根城にしていた豪族たちを平定したとある。その大和武尊のブロンズ像が前武尊山の頂上に立っていて、これは江戸時代(1850年頃?)に修験者によって、そこまで運ばれたということだ。

Pc090270さて、I-nac山岳部はオグナほたかスキー場から歩き出し、ひたすらスキー場の斜面を登って(登りは雪無しだったが、下山時は真っ白になった。)前武尊山で幕営し、2日目に武尊山(沖武尊)の頂上を目指した。1日目はひたすらスキー場を歩く行程だったが、それなりに登りはきつかった。りお太郎は、サカサン(山岳部の最年長)のザックがやたら大きいのが気になっていたが、晩飯のとき、その理由は判明した。

今まで山岳部の活動では、“食”に対してこだわることは無く、どちらかというと“テキトー”な感じで、いつも山での食事は貧しいものばかりだった。しかし、今回サカサンが立てた食料計画は今までとは大きく違った。まず、生野菜がどっさりあり、米やうどんに加え鶏肉、さらにカレールーまでが揃った献立で、今回のメンバーがどんなにがんばっても、全部は食い尽くせないほどの量の食料を幕営地まで運んだのだった。もうひとつ付け加えると、山に入る前に立ち寄ったスーパーで、それぞれが大量のお菓子類も購入していた。これはこのスーパーの駄菓子コーナーがとても充実していたので、ついみんな子どもにかえってしまったことが原因として挙げられる。とりあえず、冬山は行動時間が短いため、テント内にいる時間が長いから、食べ物が多いことはとても良いことだと思っていたが、これがあとから、りお太郎にとって大きな仇となった。

Img_0067 2日目の天気は雪だったが、みんなには高いモチベーションがあり、頂上に近づくにつれ風も強くなったが、余裕を持って沖武尊の頂上(2,158m)に到達できた。そして2日目も1日目と同じ前武尊の幕営地に宿泊することになっていたが、ここでりお太郎に悲劇が起こるのだった。

サカサン・プロデュースの鍋を食べた後、お腹の調子が悪くなったのだ。その鍋にはとにかく大量の野菜が入っており、特にりお太郎の分け前には白菜の芯と春菊が狂ったように入っていたのだった。りお太郎は多分お菓子も食べ過ぎていたのだと思うが、2日目の夜、雪が降る中を何回もテントの外に出て、嘔吐を繰り返すはめになった。(食あたりではなく、ただの食べすぎ&胃もたれだったのかな?)とにかく、これはかなりキツかった!!

Pc080245 3日目は、体中の栄養を外に出してしまい力が入らず、足元がフラフラになりながら下山することになった。りお太郎にとっては大変な山行になったが、特に印象に残っていること、それはテントを張った前武尊の頂上で夜中、沼田市の夜景を見ながら、「オエーッ」とやってたら、やまびこになったことだった。

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コメント

お疲れ様でした。
悲劇の連続でしたね。多分近くのスーパーで一番興奮して駄菓子を買ったのは先生だと思います。

食べ過ぎに注意しましょう!

投稿: いとぅ | 2006年12月14日 (木) 16時16分

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