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2007年2月13日 (火)

「オルガンパイプ・サボテン」と語り合ったこと

りお太郎がアリゾナ州で、最初にバックパッキング(ザックを担いで何日間かキャンプをしながら、トレッキングすること)をした場所が、オルガンパイプカクタス・ナショナルモニュメントという広大な国立公園である。カクタスとはサボテンのことで、ここではオルガンパイプのようなかたちをした珍しいサボテンを見ることができる。

Organ_pipe_cactus_1メキシコとの国境を挟んで、アリゾナ州の最南に位置するこの場所にしか、オルガンパイプサボテンは分布していない。ひとつのサボテンが何本もの枝に分かれて、ニョキニョキと空に向かって生えている姿は、かなり独特なものであり、どこか不思議なんだけど、とても美しいのだ。夏には先端部分に花が咲くので、さらにもっと美しくなる。りお太郎は大学の授業でこの地を訪れ、そのサボテンだけでなく、このエリア全体の雰囲気に魅せられた。

現在、オルガンパイプカクタス・ナショナルモニュメント内では、整備されたキャンプ場に泊まることはできるが、公園の奥の方にバックパッキングで入ることは禁止されてしまった。理由は、メキシコの国境を越えて不法に入国する人が絶えず、それを取り締まるため国境周辺を無人地帯にするからだということだ。それによって何年か前にりお太郎が通ったルートを、同じようにトレッキングすることはできなくなった。その当時でも、ほとんど人が入っているような感じはしなかったが、今は公園のほとんどが秘境のような場所になった。きっと何年間も、まったく人目に触れることのないオルガンパイプ・サボテンが、いくつもあるに違いない。

さて、りお太郎がここを訪れた時、一緒だった仲間たちについて紹介したい。アメリカの大学でアウトドアを専攻していたりお太郎は、その大学の選択授業で「アウトドア・セメスター」という、4ヶ月間もの間大学を離れて、アメリカとメキシコを旅をしながら学び、同時に単位も修得していく、ものすごく特別なプログラムを受講した。20人くらいで大きなワゴンに乗って各地を転々と回るのだが、(ちょっとあいのりっぽい)毎日キャンプで自炊だし、登山、クライミング、カヤック、スキー等を活発に行い、さらに植生や生態学、野外教育の歴史から地質学、考古学まで幅広く学ぶのである。まるで旅行のようだから楽しいと感じることも多いのだが、精神的に追い込まれることもある。なぜならば、一緒にいる20数名の仲間たちとは常にず~っと一緒で、すべてのことを話し合いによって決めなくてはならず、何回も議論を繰り返しながら物事を解決していくという、とても労力のかかることがついてまわるからだ。(登山の中で山頂をあきらめ撤退するかどうかという決断から、たかが夕飯のおかずをどうするか等、ホント小さなことまで話し合う)

Body_bc556campingdeanmy オルガンパイプカクタス・ナショナルモニュメントでは、グループに分かれて4日間のバックパッキングを行い、ナビゲーションスキルを実践することと植物を研究することがりお太郎たちに課された。意外と簡単そうに聞こえるかもしれないが、この公園はとにかく広い上に地形の変化が少ないので、コンパスを使ったナビゲーションが難しい場所なのだ。しかも、ここは灼熱の砂漠であり、日陰をつくる樹木も小川なども全く存在しない。ザックの中には一日2リットルとして合計8リットル(重さにすると8kg)も水を運ばなければならなかった。りお太郎たちは、必死になって一日中歩いたが、方向を誤ったりして、夜更けまで目的地に到着することができないことがあった。暗くなってから重いザックを担いでフラフラしていたら、ふくろはぎに小さいサボテンが刺さったりして泣きたくなった。

そういった状況の中では、一緒にいる仲間どうしでサポートし合うことが大事になってくる。たしか、りお太郎のグループには2人の女の子とジェフがいたはず。(全部で5人くらいだったと思うけど、他のメンバーのことは忘れた。)はっきり憶えていることは、女の子たちは体力がなかったこと、そして愚痴ばかり言っていたことだ。それを一生懸命に受け止めて、グループの中で一番責任感があったのがジェフだった。アメリカ人としては寡黙な方で、何を考えているのか分からない印象なのだが、押し黙ったまま黙々と物事をこなす男だった。多分言いたいことがあるのに、いつもそれを言わないで他人の意見を尊重していたのではないだろうか?ジェフは体力があった。それゆえにみんなの先頭に立って、グループを率いることが多くなったが、とかく迷いやすい地形だったため、思うように目的地に向かって進んでいかないことがよくあった。情けないことにりお太郎は、砂漠という場所に戸惑い、熱くてやりきれなくて、もうナビゲーションをする余裕はなくなっていた。

グループが夜になっても幕営地にたどり着けなくて、ひたすら歩き続けなくてはならなかったのは、もちろんジェフだけのせいではなかった。全員で協力して、地図をじっくり見ながら進んでいくべきところを、ジェフ以外のみんなは疲れてしまい、怠けていただけのことだ。しかし、グループの女の子たちの非難と、愚痴はジェフに対して集中した。そんな文句ばかり言うなら、おまえたちもコンパスを使ってちゃんとナビゲーションをしたら良いだろうと、ひとことでもりお太郎から声が出れば違ったかもしれないが、りお太郎は女の子には遠慮がちになっていた。愚痴の矛先がこちらに向くことを恐れたに違いない。そんな状況でもジェフは頑張り、一心にグループの責任を背負ったのだった。絶対に、文句に対しても言い返すことはしなかった。

Dscn1392バックパッキングの後半になっても、灼熱の大地に苦しめられた。いい加減オルガンパイプ・サボテンには見飽きていて、ただ活動が終了することばかりを願うようになった。女のメンバーたちの言動はとどまることを知らず、ジェフに対する遠慮などまったくなかった。ある日の夕暮れ、ヘトヘトになってキャンプ地に着き、ホット一息ついていたら、ジェフの姿が見えなくなった。りお太郎はあまり気にしなかったのだが、用を足すためにキャンプ地を離れたら、ばったりジェフに会った。厳密に言うと、ジェフが怒り狂って大暴れしているところに出くわしてしまったのだ。ストックを振り回して、こともあろうにオルガンパイプ・サボテンをぶった切りにしていたのだ。(このサボテンは国定記念物に指定されていて、伐採や花の採取などは当然のように禁止されている。見つかったら罰金だ!)りお太郎に気づいたジェフがとった行動は一生忘れられないものとなった。ジェフは手に持ったストックを投げ出し、子どもように泣き出したのだ。そしてわれに返ったように、オルガンパイプ・サボテンに謝った。顔を地面に押し付けて必死になってソーリーを連発していた。その姿を見て、僕からも心の中で必死にオルガンパイプサボテンに謝りました。その時、頭の一部が無くなってしまったサボテンは、悲しそうにふたりを見ていました。

りお太郎にはジェフにかける言葉も無かったが、とにかくあのクールで、屈強な男が泣いていることに大きなショックを受けた。その時感じたのは、せめて自分だけでも絶対にジェフの味方になってあげなくてはならないということだった。だから、りお太郎は残りのバックパッキングの間、積極的にリーダー的な立場のジェフをアシストし、女の子たちにもダラダラ後ろからついてくるだけでなく、地図を見て考えるよう声をかけるようになった。それによって、グループ全体が分裂することはなく、逆にみんなが協力し、お互いの意見も言い合えるようになり、雰囲気が良くなったのだ。

バックパッキングの最後にはみんなの顔には笑顔があり、ゴールに到着した時にはアツい“ハグ”をかわすことができた。ジェフとはかたい握手をしたのだったが、彼の口からサンキューという言葉をもらった時は素直にうれしかった。

何年かしてから、ジェフとは再会する。彼はりお太郎よりも早く大学を卒業し、ファイヤーファイター(消防士)になった。彼の勤務先の小さな田舎町に、何人かで図々しく遊びに行ったことがあったが、きまじめで、精神的にも強い彼には消防士という職業はぴったりだと思った。がっちりした体型のジェフに、消防隊員の制服はとても似合っていた。

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