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2007年4月22日 (日)

アメリカ視察 報告終了

アメリカ視察に関する報告はこれで終わりです。

研修は9月10日から23日になる予定でいます。おもな訪問地は以下のとおりです。

アリゾナ州:

 ○ プレスコット大学

 ○ グランドキャニオン国立公園 (ノースリム)

ユタ州:

 ○ ザイオン国立公園、ブライスキャニオン国立公園、バックスキン・グァルチ渓谷のいずれかひとつ

 ○ りお太郎の秘密の渓谷 (アナサジの遺跡)

ネバダ州:

 ○ ラスベガス

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アメリカ視察 ⑥

アメリカ研修では、自然がつくりだした渓谷の地質についてや、国立公園での環境保全に対する取り組みや集客方法などを学ぶことになる。もうひとつ、研修中に学生たちにしっかりと見てもらいたいのは、ネイティブインディアン遺跡と彼らの暮らしについてである。

Pict0075Pict0020コロラド川流域のエリアで隆盛な文化を築いた民族にアナサジ族がいる。岩の絶壁の下に独特の建築方法でつくられた住居は、西暦1000年頃に多くが建設されていて、アナサジ文化の繁栄がその頃に最高潮に達したとされている。しかし、アナサジ族の人口は1300年頃から、急激に減り始める。16世紀後半にスペイン人によるアメリカ西部の開拓がはじまった頃にはアナサジ族の文化は完全に衰退していて、その末裔のほとんどがホピ族に吸収されていたのだった。数年前まで考古学者たちの間では、アナサジ族が忽然と住居や壁画のみを残して消え去ってしまったと言われ、アメリカ大陸のミステリー、7不思議みたいな感じのひとつになっていた。

P3160436Pict0079I-nacが訪問する予定のアナサジ遺跡は、かなりマニアックな場所になる。遺跡自体が観光地になっていて、ビジターセンターもあり、ガイドもいたりして、詳しくその歴史や文化に触れられる場所もあるが、りお太郎はあえて、ほとんど人がいかないような遺跡に学生たちと一緒に行きたいと思う。地図にさえ載っていなくて、アクセスが悪く、何時間も藪の中を歩かないとたどり着けないアナサジ遺跡がある。そこには観光地の遺跡では感じられない、静寂さと神聖な空気がある。遺跡の前に立っていると、アナサジたちがそこに住んでいた過去が、そんなに遠い時間ではないと思えてくる。

Pict0037_1Pict0050P3150408アナサジ族は生活の中で、神に祈りをささげることが最も重要なことだと考えていた。そのアナサジの神というものは、りお太郎的な解釈でいうと自然そのものだと思うのだが、自然から得ることができる恩恵は、アナサジたちが生きていく上で、当然欠かすことのできないものだったに違いない。自然に対して感謝する気持ちは、アナサジたちが暮らしていた1000年以上前であっても、文明がすすんだ現在でも、同等に人間が持つべきものだと思うが、自然への思いは、現代人とアナサジ族とではものすごい差があるだろう。アナサジのように自由に岩壁を昇り降りする技術も、神聖な心さえ持たないりお太郎でも、アナサジの遺跡に行く度に、自然を身近に感じさせてもらえる。

  P3160474    Pict0065 Pict0070_2

撮影場所はグランドグァルチ by Rio & Takehiro

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2007年4月 5日 (木)

アメリカ視察 ⑤

I-nacのアメリカ研修で訪問する国立公園、またバックパッキングを行うフィールドがどんなところか紹介しようと思う。

アメリカ研修は参加する学生がまだ確定していないので、バックパッキングルートに関しては、まだ未定でいる。だけどもこのエリアには、アメリカを代表する4つの渓谷があるので、そこが研修の活動フィールドになることは間違いない。その4つとは、グランドキャニオン、ザイオン、ブライスキャニオン、バックスキンガルチ・パリアキャニオンである。

Grandcanyon_labanグランドキャニオンの規模は、アメリカで最大どころか世界最大級と言える。国立公園に指定されているエリア内で渓谷の最も深いところが1,600mあるというのもすごいが、4,000万年の月日をかけてコロラド川によって侵食された大渓谷は、公園の端から端までは500kmという途方もない広さだ。(グランドキャニオンについては2月のブログ参照)

The_three_patriarchs_in_zion_canyonザイオンはユタ州を代表する国立公園であり、ここへのビジターは赤い砂岩に囲まれたザイオン渓谷の美しさに息を呑むことになるだろう。公園内には魅力的なトレイルがたくさんあり、高度感あふれる鎖場だらけの難しいルートや、両側を高い岸壁にはさまれた細い渓谷のルートなど、ザイオンでの活動には飽きがくることがない。

Bryce_canyon_hoodoos_amphitheater_panoraブライスキャニオン国立公園には、絶対に日本では見られない景色がある。日本人の想像力をはるかに越える景観は、神様が創造したものとしか思えない。実際のところ、雨や雪による侵食、風化といったいろいろな自然の持つ要素によって作り出された針の山のような渓谷なのだが、深く知れば知るほど、サプライズがあるのがブライスだと思う。

Paria_ut5バックスキンガルチは国立公園に指定されているわけではなく、上の3つの渓谷と違い、自然の好きなアメリカ人なら誰でも知っているような場所ではない。しかし、この渓谷が“世界で最も狭くて、長い渓谷”なのである。バックスキンガルチとパリアキャニオンはつながっていて、何日間かかけて続けて歩くと、まるでタンスと壁のあいだの隙間のような場所を、こびとになって探検しているような感覚を味わうことができる。途中に古代インディアンの壁画があったりしてびっくりさせられる。

日本を代表する渓谷には黒部峡谷や三重の大杉峡谷などがあり、新潟県だと清津峡というすばらしい渓谷がある。中でもスケールの大きさで言えば黒部峡谷は群を抜いており、奥鐘釣山西壁、黒部別山東壁、丸山東壁といった高低差500mを越える大岩壁もある。しかし、グランドキャニオンは当然だが、ザイオンやパリアキャニオンにも、それ以上の高さの岩壁があたり前のように立ち並んでいる。アメリカ西部が乾燥していること、また降水量が少ないのが幸いし、今でも地層がしっかり残っている為、何万年前の地質を目のあたりにすることができることも、アリゾナ・ユタにある渓谷の大きな魅力である。

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2007年4月 3日 (火)

アメリカ視察 ④

I-nacのアメリカ研修は現地の大学で活動することと、自然豊かなアリゾナやユタで日本とは比較にならないほど雄大な大自然を肌で感じることも、目的のひとつになっている。

りお太郎としては、日本では絶対に見られないようなアメリカ独特の自然に触れてほしいと思うし、そのためにも日本とは違った自然環境の山を、研修の中で登ることを取り入れたいと考えるのである。今回の視察では、ユタ州南部にある山に目をつけた。その山の名はMollies Nippleで、日本語に直訳すると“モリーさんのchikubi”という冗談みたいな名前だ。りお太郎がこの山に興味を持ったのは、決してこの名前に惹かれたからでは無いことは言っておこう。

Dscn7240モリー山に関することは、アメリカの登山専門のガイドブックや地図にさえ載っていない。まさに、知る人ぞ知る秘境の山なのだ。りお太郎は、アリゾナ州北部とユタ州南部のことはかなり詳しいつもりだが、今回あらためて、このエリアの中にあるすべての山をしらみつぶしに調べたのだった。その中で、砂漠の真ん中に聳えているすごく尖った単独峰の写真と出会った。その山がモリー山だったわけで、登山記録などは極めて少なく、しかも頂上は大きな砂岩の一枚岩があったりして、登頂するには5級以上のクライミング技術を必要とするというのだ。この山は死火山が侵食された後に残った残骸のようなもので、山全体が岩で形成されている。その山名は、近隣を最初に開拓したランチャー(牛飼い)によって命名されたらしいということだった。あらゆる面で、りお太郎の登攀意欲を掻き立てる魅力のある山だった。

Dscn7238Dscn7232りお太郎のシボレーHHRは4WDではなかったため、悪路の砂漠の中の登山口までちょっと苦労を強いられたが、なんとかモリー山を望める場所までたどり着くことができた。そこには不思議な形の奇岩が点在し、このエリアが大きな火山活動によってかたち作られたことがうかがえた。低い潅木の中をひたすら歩き、モリー山に向かったが、道が砂に覆われているのですごく疲れる。まるで砂浜を歩いているようなもので、おまけに日差しも浜辺にいるかのように強かった。それでも、りお太郎は久しぶりの単独登山を楽しむ余裕があった。ここに仕事で来ていることを忘れてしまうほどだ。

Dscn7224Dscn7225Dscn7229モリー山の最後の登りはエキサイティングだった。道などはないから、自分で行けそうなルートを選び、よじ登るだけだ。浮き石が多く、とにかく急登なので体力を消耗する。りお太郎はビーフジャーキー(アメリカでの行動食の定番)で補給しながら、頂上直下の核心部に到達した。最後はホントにクライミングで、絶対に落ちることができない岩場を、高度感に対する恐怖を押し殺して登った。下見で来ているりお太郎は、ロープを使ったり安全を確保するための支点になり得るポイントを探したのだが、この山の岩はとにかくもろすぎた。手で触るだけで剥がれ落ちてしまうような岩に、支点をつくれる場所などはなかった。なんにしても、頂上からの眺めは最高で、100年以上前の西部開拓時代に生きた男たちやモリーさんのことをちょっと身近に感じることができたのだった。

Dscn7242モリーズ・ニップルはすばらしい山だが、I-nacの研修中に登る山としてはあまりにも危険すぎて、研修地として適切でないという残念な答えが出た。

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2007年4月 2日 (月)

アメリカ視察 ③

りお太郎は2日間プレスコット大学に滞在し、先生たちと話をしたり、授業に参加させてもらったりした。

プレスコット大学には、学生が約500人ほど在学していると聞いたのだが、生徒がいったいどこにいるのか皆目見当がつかないくらいキャンパス内は静寂だったので、りお太郎は不思議に感じた。それについて聞くと、学生たちはそれぞれ10~15名ずつくらいで、アリゾナ州の各地、またはカリフォルニア州やメキシコまで出かけており、授業はキャンパスとはまったく別の場所で行われているからだということだ。滞在中、その遠征から帰ってきたグループを見かけたが、大きな荷物いっぱいの車に乗った学生たちはイキイキとしていて、みんなが精悍な感じがした。

Dscn7205_2Dscn7206_2Dscn7207Dscn7218Dscn7219Dscn7215Dscn7216Dscn7217学生たちが、備品が保管されている校舎(倉庫にしか見えない)で、手際よく備品をきれいにしたり整理をしたりしているのを見させてもらったが、あまりにも多い学校備品の数にりお太郎は度肝をぬかれた。ラフトボートは10隻、カヤックは海用、川用とあわせると40隻くらいあるだろうか?クライミング用具に関しては、日本のどこのお店よりもずっと充実したギアが揃っている。クライミングロープは50本以上あった!テントに炊事用具、学校の近くにスキー場なんて無いのに、スキー、バックカントリー用品までありとあらゆるものがすべてあった。I-nacのマテリアルルームと比較などはできない。

また、りお太郎は授業に参加させてもらうことができた。その中で印象に残ったのが、実習(75日間の遠征!!)にむけての企画・準備の授業で、授業時間のほとんどを学生たちが主体的になってすすめていた。75日間という、ありえないほど長期にわたる実習なのだが、それもいくつかのセクションに分かれているようで、その時はクライミングのセクションの準備をしていた。学生たちは効率良く役割分担をした上で、食料計画なんかを行っていたのだが、みんながそれぞれかなり個性的で、りお太郎は見ていておもしろかった。

アメリカ人は我が強いから、意見を出し合ったりしていると、まとまらないだろうと思っていた。その授業でも、体育会系っぽい学生、勉強が好きそうな知的な感じの人、ヒッピーみたいなやつ、根っからのクライマーとクライミングなんかやったことないインドア派の学生と、ホントいろんなヤツがいた。それぞれが遠慮などせずに主張していて、そばで見ていると迫力を感じる。

そんな中で学生たちが意外にもスムーズに実習の準備をすすめていたことに驚いた。だけど、ひとたび議論になると、全員が熱くなってじっくりやり合っていた。例えば、そのクライミングセクションのチーム編成は、バランスや経験値、各自の希望などをさんざん言い合い、頭の中で考えていることすべて全員が出しきるまで相当時間を費やした。(結局、りお太郎が滞在している間にチーム編成は決まらなかったようだ)。とにかくみんな物凄くアツい奴らで、りお太郎には彼らの情熱がひしひしと伝わってきた。

Dscn7211

Dscn7214_1教室内での議論にメドが立たず、屋外に移動して議論をつづける様子!」

I-nacのアメリカ研修では、プレスコット大学に滞在する期間はずっとホームスティをすることになる。I-nacの学生たちはひとりずつプレスコット大学の学生のお宅に泊まらせていただくのだ。英語でちゃんとコミュニケーションがとれるかは心配だが、きっと良い経験になるだろう。

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