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2008年1月24日 (木)

青い瞳に、話しかける・・・ことができない。

今日も山に登ってきたのだが、寒かったせいか結構疲れた。毎日、体を動かしているわけではないので、自分が思っている以上に体の衰えが進行している。年齢を重ね、ずい分と弱くなってしまった。でも、体力を維持するために、何ができるのだろう。忙しいせいもあるが、毎朝ジョギングをするようなエネルギーは体のどこからもひねり出せない。

17、18歳の時、りお太郎は毎朝走っていた。2年くらいの間、4kmのコースをずっと走り続けた。おかげで、当時は底なしの体力を誇り、大学に入ってからは登山ばかりしていたが、ホントに疲れ知らずだった。今とは大違いである。でもこの時、一生懸命になって飽きもせずに走っていられたのには理由があった。

まずは、りお太郎が留学していた高校のことを説明しなくてはならない。アメリカ・オレゴン州の田舎町、シェリダンの町外れ、小高い山の上に全寮制の高校がポツンと立っていた。フルーツ園や小麦畑が広がるウィラメット・バレーを見下ろす最高のロケーションにあり、アメリカらしい風景に囲まれ、比較的過ごしやすい気候にも恵まれている。そんな学校なのだが、そこは通称“プリズン”=刑務所と呼ばれていた。

山の上にある学校と、併設された寮はシェリダンの町からはかなり遠い。車ならば10分くらいだが、歩くとなれば大変である。片道3時間はかかるだろう。その距離はともかく、規則では無断で山を降り、町に行くことは許されていなかった。学生は毎日授業を受け、午後は自習時間で勉強に励み、夜は何かしら学校の仕事を割りあてられることになっていた。寮の門限、消灯時間も決まっていて、自由な時間は限られている。留学生にとって、陸の孤島のような学校から脱走することなどはありえない。そこはまさに“プリズン”のような学校。

さて、りお太郎は決して従順で、出来の良い学生ではなかったが、厳しい校則に反発するわけでもなく、ただ毎日エネルギーを持て余しながら暮らしていた。なかなか上達しない英会話と、異国にいる寂しさや、アメリカのまずいメシのせいで、つねにストレスが溜まっているような状態だった。フリーの時間にバスケットボールとかで汗を流していたが、それでも足りなかったのか、ある日突然、ジョギングでもしてみようかと思い立ったのである。寮を出て、体育館やグランドの横を駆け抜けて、先生たちの住む住宅地を過ぎ、山の麓にある学校の校門まで行き、同じ道を帰ってくるコースにした。復路は上り坂なので、かなりしんどい。強い意志があったわけではないので、すぐにやめてしまってもおかしくはなかった。

りお太郎が朝、走っていることに何人か気づき声をかけてくれたが、別に大したことはない、学校でほとんど目立たないりお太郎が注目されるようなことはなかった。しかし、その姿を毎日のように気にとめて、ちゃんと見ていてくれた人が、たったひとりだけいたのである。それは、先生たちの家のひとつ、ちょうどランニングコースの道がわに面した部屋に住んでいた、アメリカ人の女の子だった。彼女はおとなしい方で、背は低く、細身だが、青い大きな瞳が印象的な子だ。

りお太郎がジョギングを始めてしばらく経ったある日のこと、彼女から声をかけられたのだが、いきなり“22分だったよ”とか言われ、りお太郎には何のことやらさっぱり分からなかった。拙い英語の能力しかない為、すぐに理解できなかったのかもしれないが、彼女はジョギングのタイムを教えてくれたのである。それは、その子の部屋の窓の下を通過し、また戻ってくるまでの所要時間なのだった。彼女は、僕が走りに行き、帰ってくるまで見届けてくれていた。その事実が、紛れもない事実だと気づいたとき、りお太郎は驚いたが、この上ないくらいの喜びを感じたのだった。

それから先、りお太郎がアホみたく、毎日毎日同じコースを走るようになったことは言うまでもない。雨の日も、雪が降った日さえ、目は冴えわたり、ベッドから出ることを躊躇することはなかった。そして、たまに彼女から、“よく走るね”とか“前より早くなったじゃない”などと言われて有頂天になった。さて、この先の進展はいかに・・・ 次回に続く

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