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2008年4月20日 (日)

4,000m峰の上で、ひとりぼっち

前回はコロラド州にあるブエナ・ビスタという町について紹介した。ブエナ・ビスタは文字どおり高い山々が目の前にひろがり、素晴らしく景色が良いところだ。町の正面にはひときわ目立つ山が聳えていて“Mt.プリンストン”と言う名前がついている。そして隣にはコロラド州第3位の高峰“Mt.ハーバード”があって、他に“Mt.オクスフォード”、“Mt.エール”、“Mt.コロンビア”と続いている。これらの山々の名前に共通点があることにお気づきだろうか?

すべてアメリカにおける有名大学(歴史の古い)から名前がつけられているのである。別に初登者が、大学生たちだったわけではないが、権威ある大学の名前をそのまま使うことで、敬意を表しているということだ。サワッチ山脈の中で、“コレジエートCollegeate Peaks=大学の峰々”と呼ばれていて、夏は比較的登山者が多い。これらの山々には、りお太郎は厳冬期に登った。

サワッチ山脈には鉱山の跡があり、当時に掘られた穴やログハウスの廃墟とかを山の奥で見ることができる。夏山ならば、ちょっとした観光気分でそれらを探検する気になるのだが、積雪期だと半ば埋もれている状態で、とにかく寂しいかぎりなのだ。コレジエートの山々はバックカントリースキーなどで滑る斜面に恵まれているわけでもないので、登山者はほとんどいない。りお太郎はそんな中、いつもひとりで山に入っていた。コロラドに来て、山に目覚めて、登山は新鮮なことばかりだったので、冒険心に溢れていた時期だ。今思い出すと、随分無茶なことをしていた、っていうか、おバカさんだったなぁと感じる。

冬山装備をがっつり背中に担ぎ、だいたい3日分くらいの食料を持ってサワッチ山脈の4,000m峰に挑んでいた。持っていた装備が安物ばかりだったこともあるが、今よりも寝袋やテントは重くて、かさばるシロモノだった。そこで、りお太郎は軽量化を図り、テントを持たない作戦に出ることもあった。冬山なので雪の中で寝ようと考えたのだ。いわゆる“植村直己”式で、雪洞泊というやり方だ。実際にその作戦で成功したこともあった。しかし、ある程度の標高があると、雪洞を掘ることは極めて難しい作業だということを気づかされるのだった。

だいたい、一日中行動して、夕方くらいになってから硬くなった雪で雪洞を作ることなど、この上なく面倒くさいことだ。しかも、りお太郎はいつもひとりぼっちで、協力してくれる仲間はいない。しかし、テントを持たないから、なんとか寝床だけは確保しなくてはならない。そこでりお太郎がとった行動は、鉱山跡の廃墟を活用することだった。もう暗くなりはじめた頃に、何十年も前に閉鎖されて、もう崩れかけているような建物にズカズカと入っていき、比較的雪が降り込んでこなくて、風も当たらないような場所に寝袋をひろげて寝てしまうのである。ひとりぼっちで廃墟に泊る。しかも標高4,000m近い山奥で、真冬なのだ。とても尋常な人間の行動だとは思えない。しかし、りお太郎はそんな無茶苦茶な登山がけっこう楽しかった。

さらに、りお太郎は行動中、完全に夜をむかえてしまうことがあった。これは、絶対に登頂してやると頑固になり過ぎて、引き返せずに無理なアタックをしかけたことが原因なのだが、4,400mくらいの頂上で日没になるという、ありえない状況になったこともある。今は随分と慎重になったので、こんなバカげた行動をとることはないが、当時は引き際の悪い男で、やみくもに突っ込んでばかりいた。しかし、そんなときも意外と落ち着いたもので、パニックになってしまうことは一度もなかった。

サワッチ山脈で3,000mを超えると森林限界なので、身を隠せるような樹木はない。頂上付近は風で雪はとばされていて、雪洞を掘ることもほぼ不可能に近い。しかし、だいたいそういった場所はガレ場で、バスケットボールサイズの岩がゴロゴロしている。りお太郎は岩を積み上げて風除けを作り、いつも廃墟の中とかで寝袋の下に敷いているブルーシートにくるまり、飛ばされないように岩で重石にしてから寝袋に入ったのだった。そんな状態のときは、さすがに自分自身に呆れてしまい、危なかっしいなぁと反省もしたが、そんな登山も、あの頃りお太郎は大好きだったのである。

風がびゅんびゅん吹き、気温が低い上に空気も薄い。ブルーシートは結露して、寝袋を濡らしはじめる。まず、寝られるわけがない。今でも決して忘れることができないのは、そんな中、ブルーシートの下から、ブエナ・ビスタの町の灯りを見たことだ。小さい町なので、その灯りはとても頼りないものだったが、りお太郎を励ましてくれるには十分だった。あそこにいる人たちはまさか冬に、こんな場所にこんな状態で、横になっているおバカさんがいるとは、夢にも思わないだろうなぁ。それに、こんなシチュエーションで、ブエア・ビスタを山の上から見下ろしていた人間も、今まで絶対にいなかったろうなぁ。なぜか変な優越感があり、ちょっと元気が湧いてきたりして、長い夜を乗り越えることができるのだった。

あれと同じことをもう一度やりなさい、ってもし言われても、楽しむことができる自信がないなぁ~。

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