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2008年10月30日 (木)

アウトドアを教えてくれた人 ① chiyako先生

先生、疲れていますね。とよく言われる。たまに、がんばって下さい。応援されているというよりは同情されているような言葉をかけられることさえある。りお太郎は別に病気でもないし、そこまで不幸なわけでもないと思う。あまり認めたくないが、実際のところ、いつも覇気の無い顔をしているのだろう。いちおう先生という立場にいながら、ずいぶん情けないものである。しかし、疲れているということは否めないことも事実だ。

8月のスイスへの登山遠征にはじまり、9月にもアメリカに2週間滞在してハードな活動を行っているし、10月に入ってからも約2週間にわたる登山中心とした実習があり、その引率でずっと山にいた。最近も立て続けに登山に出かけている。明日、明後日も登山に行く予定だ。一般のサラリーマンと比較して、家にいる時間はかなり短いのではないかと思う。職場にはちゃんと自分の机があり、そこでパソコンにむかって片付けなくてはならない仕事がたまっているが、書類の山と登山用品がごちゃまぜに積まれ、手がつけられない有様である。

りお太郎は、この現状に多少の危機感を持つときがあるが、基本的には満足しているのである。なぜならば、りお太郎は密かに目指しているものがあるからだ。あまりエラそうなことは言えないが、それは“日本一山に登っている先生”という称号をいただくことにある。休日に個人的な山行に出かけることは少ないけれど、仕事(授業)として山に行く回数ならば、すでに全国ナンバーワンに近いところにいるかもしれない。

この大きな野望を叶えるためには、立ち向かわなくてはならない相手がいる。それが、今回のタイトルに入っているchiyako先生、その人である。日本300名山全山の登頂を記録しており、ヨーロッパアルプス最高峰のモンブランも難なく落としているし、数々のエピソードと武勇伝によって光り輝いているベテラン登山家であり、小学校教諭でもある。りお太郎は小学校56年次に担任として受け持たれて、いろいろな影響をもらった。この先生こそが、山に引きずりこんでくれた張本人であり、かつ大事な大事な恩師でもあるのだ。

chiyako先生はいつも夫婦で山に登っているのだが、山で雷に遭ったとき、苦楽をともにしている大事なパートナーとの絆の証である結婚指輪を投げ捨てて、自分の身を守ったという話を聞いたことがある。雷を回避する方法として、まず身につけていた金属類をはずすことが思いついたそうで、冷静な判断だったと笑いながら教えてくれた。それで明らかなように、とにかく登山にかける思いは強い。もう20年も経つので、先生にどんな授業をしてもらったか、記憶が薄れていることは仕方がないにせよ、りお太郎は先生が山の話を教室で熱く語っていたことならばかなり鮮明に思い出すことができる。教育熱心の先生は他にもいただろうが、教師としての仕事以外にも、情熱を持って真剣に取り組んでいるものある先生に、りお太郎は子どもながらにも感心したし、好感を持った。

この間、スイスでマッターホルンに登った。しかもガイドをつけずに登頂したという自慢を手紙に書いた。先生から、少し悔しそうな文面で返信があり、すぐに自分も登りにいくだろうということが書いてあった。chiyako先生はきっと、本当にそうするつもりだろう。だから、りお太郎も、またすぐに海外の山へ登りにいかないと、せっかく一歩リードした立場もあやうくなってしまう。

いまだに不安に思うことがある。それは、たいした人生経験もないし、教師という立場にいるものとしては、指導力も影響力も甚だ頼りない自分が、ノウノウと先生とか呼ばれていても良いのだろうかということである。いつも伝えたいことを伝えきれないもどかしさを感じている。元気出してよと、まるで友達のように学生から声をかけてもらっていることで分かるように、威厳もへったくれもないのだ。ただ、りお太郎も一生懸命になって学生たちと共にアウトドアで活動を行っているし、学生たちを前にして、長い講釈を頻繁に試みてはいる。これがみんなにとって何か影響を受けられるものなのかは、正直自信は無い。

chiyako先生が担任だったとき、学級には40人以上いたはずである。今でもその何人かと親交があるが、そのうち今現在、先生の影響で山に打ち込んでいるのは、りお太郎ただひとりであろう。それはほぼ間違いない。あの、英雄chiyako先生でさえ、40分の1という低い確率でしか、教え子を動かすことができなかった。この事実は、りお太郎を少しだけ安心させてくれる。

今、登山の魅力について熱く語っている自分がいる。すでに山が大好きな学生も多くいて、彼らには今更りお太郎の影響力があるはずがない。しかし、それ以外にひとりでもふたりでも、りお太郎を通して山の素晴らしさを知ってもらえたらそれは何より嬉しいことだ。chiyako先生と比べてまるでダメな自分だが、いったい何人に対して心に響くような言葉をかけることができるだろう?しかし40人にひとりは無理でも、以外に60人にひとりくらいなら、ひょっとして可能かもしれない。とりあえず、それでも良しという気構えで、がんばらなくてはならないと思うのである。今はそんなこと考えながら自分自身を励ましています。

多少疲れているにせよ、りお太郎の山に対しての情熱はまだちっとも冷めていないことだけは間違いない。その点で、感謝すべき人はchiyako先生だろう。

chiyako先生、40人のひとりに僕を選んでくれてありがとう!!

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