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2008年11月 8日 (土)

アウトドアを教えてくれた人 ② アメリカでの父親、スコット

アメリカの新しい大統領が決まった。りお太郎には経済や政治のことはよく分からないが、新大統領は今こそが変革期だと言っている。とりあえず、アメリカが戦争大国のようなイメージから脱却し、もっと親しみやすい明るい国になってほしいと思う。

さて、以前にも少し紹介したが、りお太郎がアメリカで生活していたときに影響をもらった、というよりはお世話になった先生のひとり、スコットについて話をしたい。りお太郎の中では、今もなお、オバマよりもカリスマ性があり、その意思の固さと行動力によって、大きな憧れをいだかせてくれる人物のひとりである。

15歳のとき、りお太郎はオレゴンの全寮制の高校に入学した。その高校におけるFAという立場にいたのがスコットだった。各学生に必ずひとりずつFAの先生がついてくれた。FAはファクリティ・アドバイザー、言ってみれば親代わりのようなもので、語学力が乏しい留学生にしてみれば、生活指導のみならず、身近な話し相手にもなってくれる存在であった。

スコットはたまに週末に、外食に誘ってくれて、おいしい料理を食べさせてくれた。(奢ってくれるわけでなく、自分のこづかいで支払わされた)高校には他にも留学生がたくさんいたが、スコットがFAだったことによって与かれる恩恵が、他のFAの学生たちより多いように感じられたのは、ふたりの会話があまりはずむことがないにもかかわらず、よく学校の外に連れ出してくれたからだった。しかし授業になるとスコットは厳しい先生であり、無理難題を宿題にして容赦なく学生たちに課していたので、けっこう疎まれていた。りお太郎もそれによってかなり痛い目にあったものだ。

言葉の壁によって、高校生活はけっこうシンドイものだったが、スコットのおかげで少なくとも誰かに面倒を見てもらっているという安心感はあったし、いくつかの楽しみも彼のおかげで見つけることができた。彼と接点によって経験できたことがいくつかあり、一番感謝しているのは、スコットにグランドキャニオンに連れていってもらったことである。

他の先生たちは関わらずに、学校が長期の休みの間、スコットひとりで積極的に担当していたのが、“グランドキャニオン・トリップ”という研修旅行だった。毎年の春休み、スコットの企画のもとで、自由参加の旅行のようなものが組まれ、彼は自分自身の休暇を使って学生たちを連れまわしていたのだった。多分本人はほとんど仕事という位置づけでやっておらず、自分の楽しみとして取り組んでいたように思える。その内容にしても研修というより“旅”に近いもので、彼の趣味や希望が大きく反映されていて、スコットと価値観が合えば楽しめるし、そうでなければひたすら振り回されて、疲れる旅行となるのである。

実は、このスコットの研修こそ、りお太郎がI-nacで担当している“アメリカ研修”のお手本になっているものなのである。

この旅がどのようなものだったかを、次回紹介していきます。

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