(前回の続き) 富士山に感謝するとき
海外旅行に行くと、日本と違う景色は新鮮だし、町並みや自然がとても美しく見える。日本の典型的な都会の風景などと比較して、海外が羨ましくなることもあるだろう。しかし、何年か海外に滞在していると、日本的な景色が恋しくなるときが、日本人ならば誰にでもあると思う。富士山がある風景というのは、まるでパンフレットの表紙、あるいは銭湯の壁みたいで、俗っぽい気がするが、それが間違いなく日本らしい景色のひとつに変わりはない。
アメリカから4年ぶりくらいに一時帰国した際、りお太郎は飛行機の窓から見えた富士山に、いたく感動した。一定の期間、遠いところにいってしまっていると、離れている間に自分の知っている日本が無くなってしまうこと、もしくは風景がまるっきり変わっていることを妄想するのである。現実では、もちろん日本が無くなるはずがないし、わずか数年でそんなに大きな変化があるわけでもない。しかし、それを頭で分かっていても、やたら不安になって日本の存在を遠く感じてしまうのだ。広い太平洋を飛んできて、地平線の上に富士山が現れたとき、にわかにそれが信じられなかった。ホントに不思議な気分だったが、沈む夕日をバックに、あの独特のシルエットが明らかに富士山以外のなにものでもないことに気付いたとき、日本が無くなっていなかったことで、嬉しさと安堵感がこみあげてきたのだった。
ひとりでボロボロ泣きながら、窓に顔を押し当て食い入るように、外を眺めている姿は、まるで異常者のようだが、ある意味そのとおりで、精神的に不安定、なおかつ異常なくらいホームシックにかかっているので、重症な病人とも言えた。しかし、そのとき、まだ日本に到着してさえいなかったのに、やたら満足することができて、これからも海外で頑張ってみようと決心を固めることもできたのだった。富士山によって、励まされ、勇気づけられ、日本にいなくても俺は大丈夫、なんとかやっていけるに違いないと確信が持てた。なによりも、富士山のように3776(みな、なろう)という標高3776mの山の尊き教えを思い返すことができた。
静岡の出張で、別に期待していたわけでもなかったが、眼前に富士山がひろがり、その姿は紛れもなく、りお太郎が愛してやまない、素晴らしき日本の山そのものだった。そして、いろいろあるにせよ、まだまだ頑張っていかなくてはならないと、自分自身を励ますことにもつながる結果となった。これから歳をかさねていっても、繰り返し富士山に励まされながら生きていきそうな予感がしている。
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