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2009年9月 3日 (木)

りお太郎の転機となった出来事 ②

りお太郎の大学があったコロラド州の山奥から、オレゴン州のポートランドまでは約3,000km。このくらいの距離を車で移動することは、アメリカでは当たり前で、それまでにも休暇中に何回か往復したことがあった。

大学の単位のほとんどを修了し、あとは研修生として働くことでインターンシップの科目さえを取れば、晴れて卒業だったので、りお太郎は意気揚々としていた。そして、長いドライブに煩わしさなどはなく、前途に不安なことを何ひとつ感じていなかった。

当時の親友のひとり、オレゴン出身のネイソンがちょうど地元に帰る予定だったので、5月の授業が終わったら一緒にオレゴンにむかう約束をした。ネイソンの学部はアウトドア専攻ではなかったが、りお太郎と同様に登山や自転車が好きで、キャンプなどに頻繁に出かける仲間だったので、まっすぐ目的地にむかうはずはなかった。自然をしっかり満喫できるルートを選び、寄り道をしながら、のんびりすすんでいく旅になったのだった。

そんな楽しい旅が終盤になり、すでにオレゴン州に着き、明日からはポートランドで研修生としての仕事に備えようかなと考えているときに、そののちに、りお太郎の人生を大きく変えることになる事件がはじまるのである。

りお太郎はネイソンと、彼と仲のよかった同級生の女の子と3人で、レイクビューという町のはずれでキャンプをしていた。オレゴンのすごく詳細の地図を見なければ載っていないような小さな町で、多分人口は2,000人くらいだろう。そのレイクビュー滞在の朝に、りお太郎の運命の日が訪れる。

前の晩は、けっこう夜遅くまで起きていた。りお太郎がギターを弾き、ネイソンの彼女候補の女の子が歌い、火を囲んでの楽しい時間だった。いつものように登山用コンロでパスタを作り、ネイソンは酒を飲んでいた。りお太郎は飲まなかったが、お腹の調子があまりよくなかったのにもかかわらず、たくさん食材があったので、かなりの量をガツガツ食べたと記憶している。

朝、ものすごい激痛で目が覚めた。少しのあいだテントの中でじっとして、腹痛が治まるのを待ったが、傷みはおさまるどころか激しくなるばかりだった。お腹をさすると下腹部にはハリがあった。胃腸が弱く下痢をしやすいりお太郎は、食べ過ぎたりして頻繁にハライタになるので、これがトイレにいけばスッキリ直る腹痛ではなく、何かはよく分からないが、痛み方がヤバ過ぎると感じた。そして、中学生のとき盲腸になり、病院で注射を打ち薬でちらして手術を回避したことを思い出した。まさか、また盲腸に・・・・そう思ったら、ネイ!ゲラップ(ネイソン、起きろよ!)と叫んでいた。

つづく

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