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2012年8月28日 (火)

三陸海岸を、自転車でゆく ①

旅に出たかった。どこか知らない場所に無性に行きたくなった。

 

自分探しの旅をするような年齢でもないし、何かこれといった目的があるわけでもない。しかし、職場では連続した休みを取ることが可能であり、家族は身勝手な行動をある程度容認してくれる。自分はそんな恵まれた環境にいるのだから、好きなことをやったらよいじゃないか?旅をする理由と言えば、そんな言い訳がましいことしか思いつかない。いちおう、家族には何か説明しようと思ったが、10代の頃から思うが儘に旅に出かけ、何の為に旅をするのかなど全く考えてこなかったわけだから、今さら都合のよい大義名分が見つかるわけがない。旅をするのが趣味、というよりは旅に出かけたくなる病気なのだと中途半端に開きなおって、家族にはあきらめてもらうしかなかった。

 

6日間の休みをフルに使えば、長い山行ができるが、昨年もおととしも8月には北アルプスに行ったことを思い起こし、今回の旅はまるっきり別の場所に行くべきだと考えた。そこで、登山ではなく、久しぶりの自転車の旅を思いついた。

 

P8160001_3プランはあっという間にできあがった。まず、車に自転車を積んで仙台空港に向かう。空港周辺には格安の駐車場があるので(1390円で、6日間駐車しても2,340円)、車はそこに置いていく。もちろん飛行機は使わずに、そこから自転車の旅がはじまる。太平洋沿いにひたすら北へ走り、石巻、気仙沼、陸前高田、大船渡、釜石、宮古と東日本大震災で大きな被害を受けた地域を巡り、青森県の八戸をゴールとする。できるだけ沿岸部の道路を選んでいくと距離はおおよそ500kmで、三陸海岸はリアス式で入り組んでいるため、地図上で見る印象より実際の距離はかなりある。八戸に無事たどり着くことができれば、あとは自転車をバッグに詰め込んで、高速バスを使って仙台に戻り、車をピックアップして帰途につくことができる。三陸のどこかで挫折した場合は、JRが復旧していない為、面倒なことになることは確実だが、それについては深く考えないことにした。

 

長期のツーリングは和歌山から伊勢まで紀伊半島の海外沿いを走った以来なので、自分の体が1日何km程度走れるのか未知数だった。紀伊半島でも大変な思いをしたが、三陸海岸もリアス式で沿岸の国道・県道ともアップダウンが激しいだろうから、1100kmを楽に走らせてはくれまい。しかも震災によって、道路の状況が良いはずがない。それでも、想像を超える巨大津波によって被災した地域をどうしてもこの目で見てみたかった。一度も訪れたことがないから、震災前と震災後の変化や、1年半でどのくらい復旧しているのかなど実感することはできないかもしれないけど、車とかでパーッと訪れるのでなく、少し苦労して自転車をこぎながらじっくり見れば、何か感じることができるかもしれない。自分なりの方法で、被災地の訪問を図々しく敢行することにしたのだった。

 

茹だるような暑さの中、仙台空港の駐車場から仙台平野を突き進んだ。仙台市中心のビル群を陽炎のむこうに見ながら、沿岸に近い県道10号を走っていると、あきらかに津波をかぶったことが分かる痕跡を次々に目にした。1階が柱だけになった無残な建物の多くが放置されたままなのだ。仙台の街からさほど離れていないところで、ものすごい津波が押し寄せてきたという事実。311日、名取市や仙台市若林区の状況は、空からの撮影によってテレビにLIVEで映し出され、その衝撃的で絶望的な映像に釘付けになった。あのとき見ていた現場の真っ只中を走っていると、生々しい傷跡の前では、自転車を停めることができずに、とにかく先を急いでしまうのだった。汗をダラダラ流しながら、逃げるように石巻方面を目指して進んだが、どんなに急いでも津波によって破壊された建物が無くなることはなかった。なぜならば、この旅で通過することになる地域は全部、津波の被害を受けた場所なのだから。(つづく)

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