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2012年8月30日 (木)

三陸海岸を、自転車でゆく ②

 仙台港付近から国道45号に入った。この国道は三陸海岸をとおり青森県の八戸や十和田市まで続いている。この先、国道45号を避けていくことはできないので、好きとか嫌いとか関係なく、この道にお世話になりながら八戸を目指すことになるのだ。そのまま国道沿いを走り、多賀城と塩釜をあっというまに通り過ぎ、松島に到着した。

 

お盆休みだったこともあるが、ものすごい人混みに驚いた。車道は渋滞しているし、歩道には人が溢れていて、自転車は走るところがない。公園の中を走り抜けたりしながら、日本三景の景観には目もくれずに通過する。松島のあたりは津波の被害が比較的小さかったと聞いていたけど、これだけ多くの観光客を迎えられることは、風評被害が大きい福島県の観光地と比べれば明るい状況にあると思った。

 

海沿いに石巻方面に行くと、また津波の爪痕が現れる。そしてJR野蒜(のびる)駅に着き、ここで大きな休憩をとった。野蒜の駅舎は一見ダメージを受けていないようだけど、ホームと線路は完全にぐちゃぐちゃになっている。ここも、津波によって凄惨な被害を受けた場所なのだ。下記の状況についてはあとから調べて知った。

http://www.jgnn.net/ls/2011/05/googlemap.html

 

Dsc_0012_4石巻に着くと、少し拍子抜けだった。思っていたより大きな町だなという印象で、津波で壊れた建物はたくさんあるけれど、営業しているお店も多くて、活気がある。復興がすすんでいて良かったなと思いながら、せっかくだから海に近いところを通っていこうと考え、国道45号から離れ、すでに稼働している日本製紙の大きな工場の横から、南浜町という地区に入っていくと、景色はガラリと変わった。そこにあったはずの町のほぼすべてが消えていた。多分、たくさんの住宅と、いろんなお店とかがあったはずだけど、全部洗いざらい津波に持っていかれてしまった。そして荒野のような真ん中に、「がんばろう!石巻」と書かれた看板が立っている。すぐそばの献花台には手を合わせている人がいた。あぁ、これが現実なのか。未曾有の大震災はわずか1年半前のことであり、平和だった海辺の町が突然襲われて、町と一緒に多くの人が犠牲になっているという受け入れ難い事実は、ここで確かに起こったことなのだと否応なしに実感することができた。

 

そこで目にした光景は無残なものばかりで、まだ新しいように見える南浜町の市立病院はただの大きな廃墟になっている。また、すぐ近くには津波のあと、火事で焼けてしまった門脇小学校の校舎があった(紅白歌合戦では長渕剛がそこのグランドで歌っていた)。しかし、南浜町の景色の中で、最も目を引くものは別にあり、それは、目をそむけたくなるようなものだけど、あまりにも巨大なのでどうしても視界に入ってくるのだった。

 

その日、石巻は快晴で、海は青く穏やかだったが、それらのすべてが覆い隠されてしまうくらい、とてつもなく大きな、がれきの山がそこにはあった(つづく)。

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