2007年9月 1日 (土)

山岳部、谷川岳の幽ノ沢に挑む

りお太郎にとって、久しぶりのアルパインクライミングでした。

P8190282幽ノ沢、V字状岩壁右ルートのグレードは4級程度で、初級者が取り付くルートとしてまあまあ人気があるところです。今回の山岳部遠征は、クライミングに熱心な学生たちばかりだったので、北アルプスの縦走から急きょ、谷川岳の本チャンルートの登攀に変更したのでした。技術的に全く問題のない快適なクライミングをするつもりが、そんなわけにはいかず、やたら緊張感を味わうことになりました。

随分前になりますが、りお太郎は一度だけ、幽ノ沢に入ったことがあります。V字状岩壁ではなく、大滝周辺で登ったのですが、これは稜線までぬける長いピッチではありません。しかし今回の登攀は幽ノ沢のカールボーデン(氷河によって削られた表面が滑らかな緩傾斜の岩壁)から、ルートファインディングを駆使して一気に堅炭尾根までつめる10ピッチ以上のルートなので相当登り応えがあります。しかも前日は雨だったので、アプローチから岩が濡れていて決して楽ではないのです。

I-nacの山岳部はその道のプロを目指している学生たちばかりです。経験値をどんどん上げてもらうため、積極的に先頭に立ってもらいました。学生たちは幽ノ沢の出合からのスラブ状の沢登りに少しばかり苦戦を強いられました。それは、りお太郎のようにフリクションのあるアプローチシューズではなく、普通の登山靴を履いていたからです。濡れた花崗岩はやたら滑りやすく、みんな慎重になり、ペースは上がりません。しかし、カールボーデンに出ると岩は完全に乾いており、快調に学生たちはクライミングを楽しみ始めました。今度はりお太郎の方が学生たちについていくのが大変になりました。

勢いがあるのは良いことだ。やっぱり若いってことは、ちょっと羨ましいね。しかし、学生たちは勢いがあり過ぎて、ロープを使い始めるべきルートの取り付きを見逃したまま、どんどん登っていってしまいました。りお太郎自身も、始めての場所だったので、はっきりと1ピッチ目のはじまりが分からず、そのまま学生たちを追いかけて登っていったのですが、ここではロープを使って安全確保するべきところでした。あきらかに、ルートの途中だと分かるテラスで小休止し、やっとロープの準備をしました。ここからが本当のクライミングで、りお太郎はさっそく1ピッチ目をリードしてみました。2ピッチ目からは学生にリードしてもらい、最高の天気を満喫しながら気分良くクライミングができました。幽ノ沢で登っているのが自分たちだけだったので、だれに気兼ねするもことはありません。ところが・・・

ルートの前半を、ロープなしで無理やり登ったこともあり、自分たちが何ピッチ目にいるのか正確に把握できていなかったのですが、りお太郎は完全に核心部の場所を間違えてしまったのです。学生のひとりが、ルート上の中途半端な場所でリードからビレイの体勢に入ろうとしていたので、りお太郎が先に登って、次の安全な場所まで、確保なしで登り、そこでセカンドを確保しようと考えました。ところが、もう難しいところは登り切ったと思っていたのが大きな間違いで、そこから核心部と言えるような場所がいきなり現れたのでした。岩が張り出し、高度感がいっぱいで、そこはロープで安全確保してもらわないと、絶対に登りたくないような場所なのです。しかし、どうにもならん。りお太郎はスリングや埋め込まれているハーケンを使って(いわゆるエイド・クライミングですね)、そこをなんとか通過しました。

その後も、岩に草がまじったちょっと不安定なクライミングが続きましたが、1回無茶をして危険なことをしてしまったせいか、緊張感が高まり、余裕があったはずなのにずいぶんと疲労感が溜まってきました。最後はハイマツの中を藪こぎして、終了点に到着。そこからはケモノ道っぽいところをすすんで尾根に出ました。絶対に墜落が許されない高度感ある場所から開放されたときは、ホッとしました。

登山道を歩くのと違い、山のあるがままの地形の中で、人間によって手が加えられていないところをよじ登るのは、やっぱり気分が良いし、満足感が得られます。谷川岳を登るには、やはり岩壁の中、自然をモロに肌で感じながら登るのが気持ち良いと思います。今回はルートファインディングでミスがあり、反省点も多々ありますが、大きな達成感もあった山行になりました。

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2007年7月11日 (水)

山岳部の活動(6月) 小川山クライミング合宿

山岳部は1泊2日で、小川山の合宿を行いました。

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天候に恵まれ、充実した練習ができました。

Img_0023マルチ・ピッチにチャレンジ。

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マルチ・ピッチの最後には最高の景色が待っている。

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小川山はボルダリングも、熱い!!

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スラブのクライミングで経験値を上げる。

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仲間に応援されて、気合が入る。

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食事は自炊で、楽しく作ります。

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スペシャルUdon完成!!キャンプの食事はやっぱおいしいね。

 

P6170132山岳部はこの合宿で、かなり鍛えられました。

写真撮影: U-ki  & U-to

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山岳部の活動(5月) 西岳、本院岳、戸隠山

妙高周辺の山々で、もっとも険しく、ハードな登山道のひとつ、“西岳、本院岳”の縦走路に行ってきました。

024_2濡れた草木が凍りつくほど、寒かった!!

019_1西岳までの道のりは長かった。そして、下山するまでの道のりも、また長いのだ!

027 本院岳からの下りには、雪渓が残っていた。ロープを使って慎重に通過する。

写真撮影: アーティストTsuchi

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2007年5月10日 (木)

あぁ恐るべし。妙義山

妙義山は群馬県の東部、長野県との県境に近いところにある。そのギザギザの山容を見ると、いったいどこを登れるのかが分からないくらい険しい山だ。実際のところ、妙義の主要な稜線上にはだいたいルートがあり、表妙義、裏妙義の両方に鎖やロープ、梯子などが連続するハードな登山道がたくさん存在している。しかし、その中には崩壊してしまい入山禁止になっているところもあるし、たとえガイドブックで紹介されている正規のルートであっても、ロープを使って安全確保する技術があり懸垂下降などに慣れていないと、たいへんな目に遭うことになる。

I-nacの山岳部は2泊3日の行程で、妙義をたっぷり満喫する計画を立てた。事前のミーティングで学生が出してきた予定を見て、りお太郎は少しばかり驚かされた。なぜならば、表妙義と裏妙義のほとんど全部を走破するという欲張った計画だったからだ。しかも、幕営する道具をすべて担いで難所を越えなくてはならないので、過酷な行動を強いられることも容易に予想できた。

Img_0048 さて、初日は出発してすぐにルートを間違えてしまったことで、時間を大きくロスしてしまい、目的キャンプ地に着いた時は真っ暗闇になっていた。表妙義を代表する難所“鷹戻し”を重いザックを背負って越えるのにも、かなり時間を要した。それでも無事に行程を終え、大砲岩などの名所までたどり着いた時は、みんな満足感でいっぱいになった。そして、夕飯のカレーも最高においしかった。

Img_01062日目も晴天で、1日目よりザックは軽くなり、意外と好調に鎖場などの難所をクリアしていくことができた。それでも徐々に疲れが出てきて、表妙義の主峰“相馬岳”を越え、下降がはじまった頃には随分とゆっくりなペースになった。この日はとにかく暑くて、風が当たらないような場所では蒸し暑くて苦しいくらいだった。陽があたる場所では休んでなんかいられない。風通しの良い日陰を選んで休憩をとっていたが、りお太郎を含め何人かは水分をすべて使い果たしてしまったのだった。

表妙義の稜線から下山するルートは、それほど困難というわけではないが、長い鎖の後あとは歩くだけと油断していると大間違いで、浮石の多い危なっかしいところがずっと続く。そしてここでハプニングが起こった。MEGがガレ場で足をとられ、お尻からしりもちを強くついたのだ。りお太郎はその現場を見てはいなかったが、相当痛そうなことになっていた。それでもMEGは大丈夫だと言って、元気に下山したのだが、あとになってから尾骶骨を骨折していたことが判明した。もっと大きな事故にならなかったことは幸いだったが、よくあの時、MEGは笑顔でがんばれたと、りお太郎は感心している。

3日目は天候が崩れてしまい、裏妙義の方の予定は中止にすることにした。りお太郎としては2日間の厳しい行程が終わった後、下山口にある国民宿舎のお風呂に入り、夕飯には学生たちが作ったお好み焼き、チジミ、もんじゃ焼きのトリプルメニューを腹いっぱい食べたことで十分満足することができた。

Img_0200P5010153I-nac山岳部は岩登りが好きな新入生が入部し、とても盛り上がっている。ひょっとしたら、次回の山行も岩登りが入ったきつい登山になるかもしれない。

撮影:いっと & つっちぃ

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2007年2月14日 (水)

I-nac山岳部 in 四阿山&根子岳

I-nac山岳部は、今回長野の菅平周辺の山に行きました。

まず2日間で日本百名山のひとつ四阿山に登り雪山を堪能し、3日目にバックカントリースキーのメッカになっている根子岳を登り、山スキーの醍醐味を知るという計画でした。今年は雪が少なく、冬山登山も山スキーもコンディションがあまりよくないのではと心配していましたが、菅平周辺は意外と降雪量があり、十分楽しむことができました。

P2100099P21001191日目は幕営するための装備を担いで、標高2,000mあたりまで登り、2日目の早朝に山頂にむかう予定でいました。1日目は天候に恵まれ、みんなも元気いっぱい、良い幕営地も見つけることができたし、次の朝は快調に登頂できることを誰も疑っていませんでした。ところが、2日目の朝、目を覚ますとテントには雪があたる音がする。外をのぞいてみると、完全にホワイトアウトではありませんか!くっそ~!前の日、そりで遊んでいないで、山頂まで行っておけばよかった、と後悔してもしようがない。風も強く、とにかく視界も悪かったので、登頂を断念し、下山することを余儀なくされました。

Pict00093日目は快晴!思わずイヤッホ~と叫ぶ。スキー場のリフトを使ってちょっとだけ標高をかせぎ、根子岳山頂を目指しました。山岳部員たちはスキーで滑走することを目的にバックカントリーに入るのは初体験だったのですが、ザックにスキーを取り付けて登っている姿は、けっこう様になっていました。この日は美しい青空がひろがり、気持ちの良い日になりました。しか~し、りお太郎のノリノリの気分をあるものが壊してしてくれたのでした。それは・・・ヘリです。根子岳はバックカントリースキーのメッカだし、山スキーやテレマークスキーを使って、りお太郎たちのように登っている人が多くいたのですが、それはまあ良いとして、ひっきりなしに頭上をヘリコプターが飛びまわっていて、轟音がずっ~と響きわたっていたのでした。だから、ザックも持っていない大勢の人がなんの苦労もしないで根子岳山頂を訪れていたのです。根子岳は天候さえ安定していれば、登るのが難しい山ではないし、やはり自分の足で登ってから、スキーで滑った方がよっぽど達成感を感じることができるはずなのに。文明の利器、ヘリを使って楽に山頂に立ってしまうのはもったいないと率直に思いました。

とにかくPict0018Pict0022_2山頂からの下りは最高!雪は少なかったですが、授業で練習したスキーの技術を駆使しながら、みんな気持ちよく滑ることができました。タケヒロは前回、根子岳に来たときはスキーの経験が浅かったため、歩いて下山しなくてはならなかったのだけど、今は見違えるようにスキーが上手くなりました。木の間の狭い場所ををぬって滑走する姿はかなりイケていた。JUNは履きなれないスキー靴(りお太郎のを借りていた)で足にマメをつくりながらもよくがんばった!MEGはひとりだけソリで滑りました。彼女はバックカントリーにおけるソリの第一人者にもなれるくらいコントロールには長けています。

P2120051みんなホントに楽しそうでした。山岳部の活動で、また山にスキーで行く計画が立てられる予感がしています。

撮影者:ITTO、SAKA、TAKEHIRO

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2006年12月14日 (木)

山岳部冬山合宿 in 上州武尊山

Img_0054群馬県にある武尊(ほたか)山は、北アルプスにある穂高(ほたか)岳と山名が似ているので間違われやすい。どちらが有名かと言えば、穂高岳の方に違いないけれど、武尊山も負けず劣らず良い山だと思う。

武尊山の名前の由来は大和武尊(ヤマトタケルノミコト)からきていて、日本書紀によると天皇の命で大和武尊を大将に東方征伐が行われ、武尊山がある群馬県片品村あたりを根城にしていた豪族たちを平定したとある。その大和武尊のブロンズ像が前武尊山の頂上に立っていて、これは江戸時代(1850年頃?)に修験者によって、そこまで運ばれたということだ。

Pc090270さて、I-nac山岳部はオグナほたかスキー場から歩き出し、ひたすらスキー場の斜面を登って(登りは雪無しだったが、下山時は真っ白になった。)前武尊山で幕営し、2日目に武尊山(沖武尊)の頂上を目指した。1日目はひたすらスキー場を歩く行程だったが、それなりに登りはきつかった。りお太郎は、サカサン(山岳部の最年長)のザックがやたら大きいのが気になっていたが、晩飯のとき、その理由は判明した。

今まで山岳部の活動では、“食”に対してこだわることは無く、どちらかというと“テキトー”な感じで、いつも山での食事は貧しいものばかりだった。しかし、今回サカサンが立てた食料計画は今までとは大きく違った。まず、生野菜がどっさりあり、米やうどんに加え鶏肉、さらにカレールーまでが揃った献立で、今回のメンバーがどんなにがんばっても、全部は食い尽くせないほどの量の食料を幕営地まで運んだのだった。もうひとつ付け加えると、山に入る前に立ち寄ったスーパーで、それぞれが大量のお菓子類も購入していた。これはこのスーパーの駄菓子コーナーがとても充実していたので、ついみんな子どもにかえってしまったことが原因として挙げられる。とりあえず、冬山は行動時間が短いため、テント内にいる時間が長いから、食べ物が多いことはとても良いことだと思っていたが、これがあとから、りお太郎にとって大きな仇となった。

Img_0067 2日目の天気は雪だったが、みんなには高いモチベーションがあり、頂上に近づくにつれ風も強くなったが、余裕を持って沖武尊の頂上(2,158m)に到達できた。そして2日目も1日目と同じ前武尊の幕営地に宿泊することになっていたが、ここでりお太郎に悲劇が起こるのだった。

サカサン・プロデュースの鍋を食べた後、お腹の調子が悪くなったのだ。その鍋にはとにかく大量の野菜が入っており、特にりお太郎の分け前には白菜の芯と春菊が狂ったように入っていたのだった。りお太郎は多分お菓子も食べ過ぎていたのだと思うが、2日目の夜、雪が降る中を何回もテントの外に出て、嘔吐を繰り返すはめになった。(食あたりではなく、ただの食べすぎ&胃もたれだったのかな?)とにかく、これはかなりキツかった!!

Pc080245 3日目は、体中の栄養を外に出してしまい力が入らず、足元がフラフラになりながら下山することになった。りお太郎にとっては大変な山行になったが、特に印象に残っていること、それはテントを張った前武尊の頂上で夜中、沼田市の夜景を見ながら、「オエーッ」とやってたら、やまびこになったことだった。

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2006年11月 5日 (日)

I-nac山岳部 小川山で合宿する。

小川山は神聖な場所だ。

その小川山があるのは長野県川上村で、ここは高原レタスの産地だが、村の中心からひとつ谷に入ると、突然数え切れないくらいの岩頭と、岩壁が現れる。そして神が創り出したとしか思えないような景観がひろがっていて、このエリアを初めて訪れる人ならだれもが圧倒されてしまう。小川山という山もあって、山頂もあるのだが、実際はこのエリアを総称して“小川山”と読んでいる。りお太郎のようなただの登山好きの人間にとって、この場所にはある種の近づきがたいパワーと、来るべきところではなかったと後悔や、または恐怖さえ抱かせてしまうすさまじさがある。

小川山は日本におけるクライミングのメッカであり、クライマーたちにとって小川山ほど魅力的な場所、また数多くの目標となるルート・課題を提供してくれる場所はないだろう。日本のクライミングの歴史を紐解けば、それはそのまま小川山の歴史になる言っても過言ではない。例えば日本で最初に登られた高難度のグレードのルート・課題などがほとんどここに揃っている。そして現在、小川山には初心者でも上級者でも思う存分チャレンジできる要素が凝縮していて、ここに来れば幅広いフリークライミングのルート、また、マルチピッチやボルダリングの課題まで何でも揃っているのだ。

われらがI-nac山岳部は小川山を訪れ、一日目はルートクライミング、二日目はボルダリングに打ち込んだ。山岳部としてクライミングだけを集中的に行った合宿は初めてだったが、かなりの成果はあったと思う。小川山独特のスラブ面や、こまかいホールドにはみんな手こずっていたが、確実に経験値を上げることができたはずだ。

Img_0066_1 血豆ができた イット の指 イットーイ!(痛い)Img_0008_3

熱い男、HIROSHI ザ・クライマーImg_0028

着々と成長するTヒロ

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もっと減量せよ!りお太郎は一筆岩で離陸失敗。

画像: ITTO 撮影

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2006年9月26日 (火)

谷川岳マチガ沢で遊ぶ

Img_0132_1 I-nac山岳部の活動で谷川岳に行ってきました。谷川岳は日本100名山でもあり、とても有名な山ですが、我々は登山道を歩いて頂上を目指すようなフツーなことはしません。今回の計画は沢を登り、途中から急な斜面をよじ登って登山道が無い尾根に出て、岩場をいくつか越えて頂上に出るというものでした。谷川岳には“一ノ倉沢”というすばらしい沢がありますが、その隣にある“マチガ沢”を登攀ルートに選びました。メンバーはイット、JUN、ザ・クライマーHとりお太郎です。

景色が素晴らしい開放的なマチガ沢から、小さい沢に入り“シンセンのコル”という岩頭が立つ尾根まで登るルートが存在し、ここから東尾根を登るのが谷川岳のバリエーションルートのひとつなのですが、我々はまったくの間違った沢に入ってしまい、(これがホントの“マチガ”った沢登りだ!)とんでもない目に遭ったのです。

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Pict0007_1 簡単なはずの沢登りに、ありえないほど難しい岩場が出てきて、最後には危険すぎて登れなくなり、完全に行き詰ってしまったのです。撤退を決断したあと、岩場を降りなくてはならず、草や木の枝をつかみながらゆっくり慎重に下山しました。懸垂下降なんかも実践できて、良いトレーニングにはなったのですが・・・ちょっと怖かった!

マチガ沢まで無事に降りたあとは、正しいルートの入り口を確認し(次回のリベンジのため)、それから沢に残っている雪渓のトンネルのところで記念写真を撮りました。山岳部として、目標のルートは登れず見事敗退したのですが、それでもけっこう楽しめた山行になりました。

画像はイットが撮影したものです。モデルはJUN & ザ・クライマーH

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2006年9月25日 (月)

クライミングコンペ“マムートカップ”

Pict0005新潟市のスクエアクライミングセンターで開催された“マムートカップ”にI-nac1年生のイットが参戦しました。I-nac山岳部の何人かで応援に行きましたが、残念ながらイットは予選敗退。エントリーしていた選手の中で、イットの登る順番は2番目だったこともあり(後の方の人は前の人たちのクライミングを見れる)、イメージしていたムーブが、核心部で思うようにはできなかったようでした。このルールは、“フラッシング方式”というやり方だそうですが、先に登らなくてはならない選手の方が不利な気がしました。

スクエアクライミングセンターが新潟にオープンして3年経ちましたが、毎年コンペの参加者数が増えています。新潟のクライマーの数がだんだん増えてきていることを実感することができました。今回のコンペでは参加者が70人を超え、I-nacの学生が上位入賞するのは難しくなってきました。

イットは来月、今度はI-nacのクライミングウォールで開催される“新潟カップ”に参戦する予定なので、この悔しさをバネにきっとがんばってくれるでしょう。

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2006年6月21日 (水)

山岳部活動 戸隠、高妻山の縦走

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北信州の名山、戸隠山と高妻山に1泊2日で山岳部のみんなで登ってきました。鎖が連続する戸隠山頂へのルートは危険な場所が多いので、慎重にゆっくり登りましたが、みんな高度感ある岩場を楽しんでいました。

しかし!2日目高妻山からの下山の途中で2年生のTヒロが雪の上ですっころんであわや大怪我するところに。その滑落にすばやく対応し、見事に転がるTヒロの体を受け止めたのは、I-nac山岳部キャプテンのY也でした。さすがやね。

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山岳部部長Y也の雄姿

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