2007年7月19日 (木)

山岳プロ学科の授業風景(前期)

Pict1002佐久の岩場を登るJUN

Pict10111年生のHIROは強いぞ!

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どしゃぶりの中、中野先生と登山。(笹ヶ峰)

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飯縄山から妙高方面を望む

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山頂で記念撮影。

今度は冬にバックカントリースキーで来たい。

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倒れている人は遭難者ではありません。

新緑のブナを撮影中なのです。

やっぱ、アングルが大事だもんね!!

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妙高周辺の山は登りつくしたね。

バックには戸隠山が聳える。

撮影:RIO太郎

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2007年5月27日 (日)

アウトドアな日が続く

先週の日曜日、山岳部で戸隠連峰の西岳、本院岳を登りに行ってから、立て続けに山に行っている。一日中パソコンに向き合って仕事をしているよりはずっと楽しいけれど、雨の中の登山が多いのが残念だ。

5月20日 西岳、本院岳の登山

5月21日 長野県 物見岩でのクライミング

5月24日 妙高高原 袴岳の登山

5月25日 笹ヶ峰登山

5月26日 妙高樽本地区 土路川支流の沢登り

なかなか大変そうでしょ?

さらに来週は、もう一度土路川の沢登り、そして斑尾山、飯縄山の登山が控えているのだ!

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2007年1月27日 (土)

“花谷泰広”講師、I-nacで熱く語る。

先日の登山授業に、プロのガイドとして活動している花谷講師がI-nacに来ました。花谷講師は昨年インド・ヒマラヤのメルー中央峰に登っており(雑誌、岳人やロック&スノーに記事が載っています)、今までにも数多く海外の高峰に挑んでいます。しかもアルパイン・スタイルという高い登攀技術を必要とする先鋭的なやり方にこだわりながら、難しいルートを登っているのです。

Ts380105_2Ts380108授業では海外遠征の写真を見せてもらいながら話を聞き、あとアルパイン・クライミングの道具に関しても説明してもらいました。その後は、妙高山の眺めがとても良い坪岳に登り、そこで雪山の安全管理やガイドという仕事についてじっくり話をしてもらいました。

登るのが極めて困難な海外の山に挑戦するためにも、アルパイン・クライミングの技術を身につけるのにも、当然高いモチベーションが必要だということを花谷さんは強調して言っていました。また、いくら効率良く知識や技術を学んでいても、結局は実際にどれだけ多く山に登ってきたかという経験が大事な場面でものを言うとのことです。

きっとこれに刺激を受けた学生たちは、今まで以上に自分たちで積極的に山に行くようになることと思います。

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2006年11月28日 (火)

佐々木大輔講師による登山の授業

Pict0004_1 登山の授業で糸魚川市にある青海黒姫山に行きました。黒姫山は山全体が石灰岩という、ちょっと珍しい山で、登山コース上には急な場所もあり、石灰岩は濡れるととにかく滑りやすいので、ロープがいたる所に張ってあります。ここでは大規模な採掘が行われていて、大きく削られていてしまっている山の姿はちょっと可哀想になります。でも頂上付近には“ドリーネ”地形(すり鉢状の窪地)が見られるし、なかなか面白い登山ができる山だと思います。駐車場から登山口まで、かなり長い間舗装路を歩かなくてはならないことが、タマにキズですが。

Pict0001_1 今回の講師はプロスキーヤーで山岳ガイドでもある佐々木大輔さんで、登山専攻の学生たちに厳しい指導をしていただきました。学生たちは順番にガイド役をこなし、それぞれが佐々木さんから評価をしてもらいました。いきなり、お客さんがわがままを言い出したり、ケガしたりするなど、難しいシチュエーションになった時、ガイドはどんな判断をするかなど、じっくり考えさせられました。

りお太郎は佐々木さんを随分前から知っていますが、彼ほどバイタリティがあり、アクティブに活動している人はいないと思います。以前紹介したことがある児玉毅さんと同じ北海道札幌市在住で、ふたりはプロスキーヤーとして大切な仲間同士だといえます。ふたりが立ち上げた冒険スキー集団“なまら癖-X”はその業界では有名で、海外での冒険活動で大きな成果をあげています。でも、りお太郎が見るところ、ふたりはお互いをかなり意識していて、ライバル的存在になっているように思えます。りお太郎は佐々木さんたちと海外に遠征し、高山病になった時、サポートしてもらい、命を救ってもらったことがあるのですが、彼の山に対する知識と技術には絶大の信頼をおいています。

ところで、プロスキーヤーに佐々木大輔という人物はふたりいることをご存知でしょうか?同姓同名で、しかも生まれた年も一緒だということがあり、雑誌等の中ではかなり紛らわしくなっています。ふたりを区別するのに、札幌の大輔だとか、サロモン(スキーのスポンサー)の大輔だという言い方をされているのですが、とにかくプロスキーヤーとしてほとんど同じような活動をしているので、いったい全体どっちがどっちなんだ!みたいなことになります。りお太郎はその佐々木大輔と佐々木大輔の両方を知っていますが、これだけ共通点があるふたりは、性格や雰囲気までは真似ることができなかったようです。札幌の大輔とは別の佐々木大輔はダイッケと呼ばれていて、札幌の方の大輔がダイッケさんより、野生的な雰囲気を出しています。このふたりに関しても、りお太郎にはライバル同士というように見えます。ふたりの佐々木大輔に児玉毅も加え、日本におけるバックカントリースキーヤーの草分け的存在3人が、今後どんな活動をするか、りお太郎も注目しているのですが、ぜひチェックしてもらいたいと思います。

Pict0014最後みんな走らされた。

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2006年11月 1日 (水)

八海山の真っ赤に染まった屏風岩

Photo_14八海山と聞くと、山よりもお酒の方を思い浮かべる人が多いかもしれません。しかし、お酒を飲まないりお太郎にしてみれば、八海山といえば当然山の方を思い出すし、“越後三山”と呼ばれる山域と、頂上に立ち並ぶ八峰と呼ばれる峻険な岩頭が頭に浮かんできます。

Photo_15六日町(現、南魚沼市)周辺から望む越後三山は本当にすばらしくて、この山域は魚沼地方のみならず、新潟県を代表する山域だと思います。そして駒ヶ岳、中ノ岳と八海山、それぞれに魅力があり、それらすべてを縦走するととても良い登山になるのですが、それは二日から三日間の行程になります。もし日帰りの越後三山での登山をするならば、まずは八海山だけは登っておくべきです。そして、ロープウェイなど使わずに、最も厳しい登山道である屏風道から頂上を目指すことをオススメします。

Photo_16実はこの間、I-nacの山岳専攻の学生5人と屏風道から八海山に行ってきたばかりなのです。この登山道はとても険しく、鎖場が多く、高度感もあるのでまったく気が抜けません。でも、この時期の屏風岩は紅葉によって、まるで絵に描いたような美しい姿になっています。この日の天気予報は雨の予報だったので、あまり景色は期待していなかったのですが、最後まで天候は大きく崩れることなく、展望を十分に楽しむこともでき、充実した登山になったのでした。

Photo_17Photo_18満足感や達成感を得るためには、あえてきつそうなルートを選んで登ってみたり、天候に多少の不安があってもとりあえず山まで行ったりする積極さが大事だと思います。あまりにも楽な登山や、リラックスだけを目的に山に出かけるのでは物足りない!まだまだ元気いっぱいのつもりでいるりお太郎は、これからも山で会うおじちゃん、おばちゃんたちに“若いね~”とずっと言われていたいなぁ。 

画像: KIYOSAWA撮影

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2006年7月21日 (金)

八ヶ岳の青年小屋へ

雨が降りしきる中、登山を専攻する2、3年生と一緒に八ヶ岳に行ってきました。

学生たちは夏休みの間、“ガイド業務実践”という授業で登山ツアーを取り扱う旅行会社でアシスタントの仕事をします。今回はその事前学習として、国際ガイドの資格を持ち、ヒマラヤなどでの登山の経験が豊富な竹内敬一さんに指導をいただきました。

Pict0002_1 竹内さんは八ヶ岳の山小屋をいくつか経営されています。わたしたちはそのひとつの青年小屋に2泊お世話になりました。青年小屋は八ヶ岳南部の編笠山と権現岳の間の稜線上にあり、登山口の観音平からは登り3時間で行くことができます。小屋まですべて人力(ボッカ)で食料からなにからすべて運んでいるそうです。

りお太郎は山小屋にはほとんど泊まったことがなく、いつも登山はテント泊なのですが、青年小屋はとっても快適で、食事は豪勢だし、山小屋のスタッフの方たちが親切なのでとても驚きました。青年小屋のような山小屋なら、登山に行くたびに泊まりたくなると思います。

さて、竹内さんから小屋の中でロープワークをはじめ、山でのレスキューテクニックを学び、さらに雨が降るなか権現岳まで登って、実際に学生たちは習った技術を実践してみました。天候はかなり厳しかったので、快適な小屋に戻るとまるで天国のように感じました。夜は竹内さんがヒマラヤ遠征のビデオを見せてくれたので、標高2,000mを越える山の上にいることを忘れてしまうくらいで、しかも学生たちは夜更けまで怖い話なんかで盛り上がっていました。雨が降る中テント泊していたら絶対こんなことにはなりません!

下山すると、大雨の影響で各地に災害が起きていて、高速道路も通行止めになっていました。そのおかげで妙高までの道のりは長くなり、ところどころで沢が濁流になって荒れている様子や、道路にまで土砂が積もっているような場所も目のあたりにしました。山の上も雨はたくさん降りましたが、快適な小屋に滞在してたので下界がこんなひどい状態になっていることは想像もできませんでした。とにかく梅雨が、はやくあけてほしい!

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2006年7月 7日 (金)

I-nacクライミング講師、東秀磯さんの授業

Pict0001_2東さんはクライミングウォール施工者の第一人者であり、日本にわずか数人の国際ルートセッターのひとりとして、日々忙しく活動しています。日本各地のクライミングウォールでのルート作りにはじまり、本当に数多くの大会や講習会に携わっているので、全国どこでも東さんの知らない土地は無いと言っても過言ではないでしょう。だから、東さんの話しを聞いていると、あまりにも多くの情報を持っているので、いつも驚かされます。各地の名産品、その地域の植生、また歴史とか、どこどこの戦国武将のだれだれが、いついつの戦でどうやって攻めたとか、かなりマニアックなところまで幅広くカバーしています。

Pict0015さて、今回は山岳を専攻する2年生に、クライミングの指導法について授業をしていただきました。5日間にわたる授業は、クライミングに関する知識全般と岩場での実施トレーニング、指導演習やルートセット、そして筆記試験まであり、とにかく盛りだくさんでした。学生たちはクライミングを教える能力を身につけるだけでなく、登る能力も高められました。

I-nacでの授業のあと、東さんは妙高から京都に移動しルートセットの仕事、そこから九州と山口県へ行き講習会、その後は秋田で国体の準備だとか言ってました。こんなに忙しく動き回っている人を僕は知りません!

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2006年6月25日 (日)

I-nacにプロスキーヤー 児玉毅さん来る!

Kodama_img04プロスキーヤーとして、世界中を旅しながら冒険活動している児玉毅さんが特別授業で妙高に来ました。最近はスキーの活動以外にもエベレスト登頂などといった輝かしい実績もあげています。

実はりお太郎と児玉さんは7年くらい前からの知り合いで、一緒に山を登ったこともあるし、仕事先を児玉さんに紹介してもらい札幌で一緒に働らかせてもらったこともあります。

児玉さんとの出会いはアメリカのコロラド州でした。りお太郎が留学していた大学の近くのスキー場で変な日本人がいつも滑っているといううわさを聞いて、好奇心を感じながら会った人物が彼でした。当時は髪の毛が長く、タケという呼び名をアメリカ人がなまってしまい、“タァコ”といった感じで呼ばれていました。正直なところかなりあやしい雰囲気をかもしだしていましたが、アメリカ人たちには受けが良いようで、スキーの技術も大いに認められていたんでしょう。ほとんど英語は話せなかったはずだけど。

その頃、りお太郎は半年間にわたる入院生活を終えたばかりで、大学卒業後いったいどうしたらいいのかわからず悩んでおり、アメリカでの生活に嫌気がさしていた頃です。児玉さんにはとにかくでっかいエネルギーと、夢を抱きながら突き進もうとする強い意志があり、その後ろをついていきたくなるような魅力がありました。

それから、りお太郎はアメリカでの8年以上にわたる留学生活に終止符をうち、日本へ帰ることを決断しました。日本でいったい何をしていくかは漠然としたまま、ふるさとの新潟に帰らないで児玉さんのいる北海道に住むことにしたのでした。

北海道での思い出を語りだしたら切りがないですが、児玉さんにはいろんなところで迷惑をかけています。だからこそ今だに、僕の兄貴のような感じで安心して話ができる相手なのかもしれません。

児玉さんはこれから活動の幅をさらに広げて、スキー界の革命児として活躍するだろうと思います。りお太郎も一緒に、I-nacとともにアウトドア界の活性化につとめるつもりです。

ぜひ児玉毅の活動をスキー関連雑誌・インターネットなどでチェックしてみてください。

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2006年6月23日 (金)

I-nacに飯山健治さん来る

Pict0004 ヨセミテのビックウォールなどを登るフリークライミングの世界で、プロカメラマンとして活動されている飯山健治さんがI-nacの特別授業で妙高に来ました。そして学生たちにアウトドア業界で仕事をするためには何が必要なのかを熱く語ってくれました。飯山さんは自身の仕事はクライミングのよろず屋だと言っていて、とにかく幅広い知識と技術を持つことによって業界で活躍できる可能性を広げられることを教えてくれました。

また、山岳専攻の3年生にはクライミングの写真を撮るテクニックを実際に壁の中で実演してもらってから、カメラマンの仕事を学生たちに模擬体験させてくれました。そこで、ロープでぶら下がっている状態がいかにたいへんなのかよく分かりました。学生たちが撮った写真は飯山さんに見てもらい評価していただきましたが、かなり出来ばえが悪かったので、りお太郎は恥ずかしかった!

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