2007年10月21日 (日)

アドベンチャーはアセラナイ

この間、I-nacではアドベンチャー実習が行われた。10日間近くも妙高周辺の奥深い自然の中で休むことなく活動し続けるという、肉体的にも精神的にも過酷な実習である。

妙高の魅力は山を登りながら感じるのが一番良いと、りお太郎は考えているので、今年のアドベンチャー実習は登山中心のコースに設定した。そして、新潟県の数多い山の中でも、頂上で味わうことができる達成感が格別に素晴らしい山々をコースに含めた。それはN岳とY山のことなのだが、できれば登山者が少ないまま、今のような静かな山行ができる山として残ってほしいと思っているので、勝手ながら山名は明かさないことにする。

Pict0012この実習中に、N岳を登ったときのことである。学生たちはその日4チームに分かれて行動をしていたが、最後のチームがN岳頂上に達したのは陽がずいぶん傾いてからである。りお太郎はN岳頂上で、彼らの姿が見えるのを今か今かと待ちかまえていた。この時点でりお太郎の感じていた焦りを、ラスト・チームのメンバーは誰も気づいていなかったのであろう。なぜならば、最後の頂上につづく稜線にあらわれたラスト・チームの様子はのんきな感じで、危険な岩場だという緊張感も無く、ホント仲間と一緒に登山を楽しんじゃっている和やかなオーラが出ていたのだ。アッ りおだ!ヤッホーとか言っているのが聞こえた。こらー!早く歩け!とか怒って叫ぼうかと思ったけれど、逆に、思わずこっちも笑顔になって、イエーイとか手をふりかえししてしまった。

Pict0022りお太郎がその時、しみじみと感じたことは、仲間と一緒に登山をするのって、やっぱりいいなぁということだった。ノロノロとこっちに向かってくるラスト・チームには一体感だけはあり、それが無性に羨ましくなった。そして、なんだか、ひとりで学生のことを心配しすぎて、落ち着きがない自分が情けなかった。だから、ちぇっと舌打ちしてから、今日は真っ暗の中、夜遅くまでかけて下山することが確定したことを伝えて、打ちのめしてやろうかと考えたけど、もうここで、完全にりお太郎の負けだった。怒ったり、注意を促すことよりも、夕日を見ながら岩場を降りて、星を見ながら樹林帯を歩く、けっこういいかも、とかなんとか考えていたのである。ホントのところ、ラスト・チームには悲壮感を持ってもらうべきところだったかもしれないけど、雰囲気が良いチームだったから、少しばかり大変な状況の中でもポジティブな見方をしてもらいたくなったのだ。

Pict0029けっきょく下山したのは夜中の11時、最後の方は休憩なしでひたすら歩き、なんとか日付がかわる前に帰り着くことができた。キャンプ地では、他のチームが夕飯を用意していて、ハァー、疲れたとか言って座りこんでいると勝手に食べ物が出てきた。これは、めちゃくちゃ有難かった。長い一日だったけど、なかなか良い登山ができたなぁ。りお太郎はそんなこと思いながら、自分自身が学生の時、仲間と一緒に行った登山のことを思い出していた。たぶん、疲れきっているとき、先生から同じようなこと言われて、ふざんけんな、コイツと思いながらも、満足感を噛み締めていたんだろうなぁということを。

次回はりお太郎の学生時代、仲間と一緒に行ったアドベンチャー実習と似たような登山の実習について書きます。

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2007年5月18日 (金)

りお太郎はフィッシングが苦手です。

P5144250先日I-nacの授業でフィッシングに行ってきた。内容は管理釣り場でニジマスを釣るというものだった。指導にあたったのはフィッシング専攻の学生たちで、釣りの経験の浅い一年生たちと一緒に基本的な練習ができて、“だれにでも釣れる”フィールドでの活動なので、初心者のりお太郎にもちょうど良い機会だと思っていた。

この授業の中では、ほとんど全員が一尾は釣り上げることができ、フィッシングの楽しさも存分に実感することができたようだった。そんな中、信じられないことにりお太郎にはただの一匹もかからなかったのである。釣堀なのに釣れないという状況のまま終わってしまい、学生たちの前で大きな屈辱感を味わう結果となった。

りお太郎は、途中から焦りを感じはじめ、プライドを捨ててフィッシング専攻の学生たちにつきっきりで教えてもらったのにもかかわらず、結局ダメだったのである。彼らの目は冷ややかになり、あきらめのため息まで聞こえてきたのだった。

思い返してみれば、りお太郎は釣りをする度に悲しい思いをしている。今まで釣りに行って、自分だけ釣れなかったことが数回ある。最も印象に残っているのは、アラスカで海釣りをした時のことだ。大海原に出て、雄大な景色を見ながらのフィッシングで、ホント気分は最高!仲間たちはオヒョウの大物を釣り上げていた。オヒョウは白身の魚でシチューとかでおいしくいただけるのだが、残念なことに、ここでもりお太郎にはオヒョウはかからなかった。しかし、オヒョウはかからなかったのに、りお太郎にはエイがかかった。それは、マンタみたいなヤツで力が強く、のぺ~と平たくて大きいので釣り上げるのは並大抵のことではない。そのエイをがんばって釣り上げても、食べられない魚だから嬉しくないのだ。しかし、りお太郎にかかったエイは、釣り上げないと針をはずせなかった。2時間近くこのエイと格闘し、釣り船から届くところまでなんとかエイを引き上げ、そこで針をはずして、すぐに海に返した。とにかく、その2時間くらいの間は、仲間たちは楽しそうにオヒョウ釣りをしていたが、りお太郎はひたすらエイを引き上げる無駄な労力の時間に費やしていたのだった。オヒョウは釣れなかったけど、地球そのものを釣り上げたくらいの経験ができたね、と釣り船の船長から嫌味にもとれる言葉をかけてもらったことは忘れられない。

P5144269アラスカの時も、オヒョウを一尾も釣らなかったりお太郎に、仲間たちは自分たちが釣った魚をたらふく食べさせてくれたが、今回のニジマスも塩焼きにしておいしく食べさせてもらいました。他の人が釣った魚もフツーにうまいものだ。

フィッシング専攻の学生には、絶対に釣ってやろうと意気込み過ぎるのは良くない。まずは無心でやりなさい。などと、まるで悟りをひらきなさいというのと同じくらい難しい注文をつけられた。それはりお太郎には無理な話だった。

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2006年12月11日 (月)

ボルダリングフェスタの結果

Pict0146 12月3日にI-nacで開催されたボルダリングフェスティバルは参加者が90名に膨れ上がり、新潟や長野、そして関東からもクライマーたちが大集結し、たいへんな盛り上がりになりました。

そして、われらがI-nac代表のチームの結果はというと・・・

○ チームアルペン 11位

○ ビック K 13位

○ やる気100%(0%) 26位

○ チーム学生寮 28位

○ チームモリモリケンケン 29位

りお太郎の予想以上にコンペのレベルは高くなり、まだボルダリングの経験が浅い1年生たちは大苦戦していました。下の写真からコンペの雰囲気を感じ取ってください!

Pict0077 I-nacナンバーワン・テクニシャン

タカシPict0085

こんなポーズで終了点

カズミチImg_0840

上からハイ、チーズ!

ナベPict0097

はさまった!

ショウ

Pict0053 モリモリケンケンの

ナベさん

Pict0094 モリモリケンケン

モリケン本人

Pict0043壁に向かって飛びつく

ヒロシ

Pict0044

絶妙なバランス

ジュン

Pict0058 最近パワーアップした

タカマサPict0087

クールクライマー

アカツキ

Pict0070

難しい課題クリア

イット

Pict0119 毛深い足がステキな

ネモ

Pict0037個人成績I-nac最高順位10位の

ユウヤ

Pict0127靴下でも登れちゃう

イット

Pict0135指を痛めて参加できなかった

タカユキ

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2006年11月24日 (金)

今日ちょっと笑えたこと

I-nacの宿泊研修で新潟市に行っていました。

3年生のYマサは、1年生のI君と一緒の部屋だったのですが、りお太郎は今まで接点がなかったふたりが仲良くなれるかどうか気になっていました。いったいどうだったのか?

研修の最後、こんな会話がありました:

質問者 「I君、研修はどうでしたか?」

I君 「最近とても忙しくて、他の学生たちとあまり話をすることができなかったのですが、研修中いっぱい話ができてよかったです。」

りお太郎 「部屋が一緒だったYマサとたくさん話ができたんだ。(ちょっと安心)」

I君 「いや・・・」 (りお太郎は、あれっ?と思う)

Yマサ 「たくさん話したよ!出身がどこなのか分かったし。」 (りお太郎は、ふたりの間であまり会話が生まれなかったことを見抜く。)

N本 「(Yマサに) 一緒にいると気まずいって言ってたじゃん。」 (YマサとI君がまったく仲良しにはなれなかったことが全員に知れわたる)

Yマサ 「それは言うなよ!(焦り顔)」

結局、Yマサは同級生のだれかの部屋に入りびたり、I君も自分の同級生とずっと一緒だったことが分かりました。寝るときだけ部屋で一緒だったみたい。(たぶん会話ナシ)

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2006年11月20日 (月)

今日のおもしろかったこと?

最近関東などでは、ボルダリング(ロープを使わないクライミング)が盛んになってきていて、ワールドカップなどといった世界大会でも日本人選手が活躍するようになってきました。そこで今度I-nacでボルダリングの大会を開催し、新潟でもボルダリングを盛り上げようと発信していくことにしました。

その大会にはI-nacから全部で5チーム出場します。それぞれ自由にチーム名を決めてもらったのですが、そのネーミングがあまりにもイケていないことにりお太郎はびっくりしました。I-nacの学生たちのセンスの無さがこんなかたちであらわれてしまうとは!

チームI-nacなになに、とかにすれば良いのに、(例:チーム・パワークライマーズ、とかI-nacボルダリング・クラブ等) チーム名に“I-nac”と入れたところはひとつも無し!以下がその変なチーム名です。(特にヒドイ、ワーストスリーです)いったいなんのことやら?もう意味分からんわ。

チーム アルペン (あの、有名スポーツ店から参加する方たちですか?みんなI-nac生なのに)

チーム 学生寮 (学生寮代表でなくて、I-nacを代表して出場してくれよ。)

チーム モリモリケンケン (クライミングと関係あるの?ダッセ~よ)

大会の結果はまた後日報告します。

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2006年11月16日 (木)

あどべんちゃーが人生を変える

I-nac2年次の実習のひとつに“アドベンチャー実習”があります。この実習はりお太郎が担当していて、学生たちは行き先も詳しい活動内容も伝えてもらえないまま出発し、1週間かけて思いっきり冒険的な活動をしてくるという、ちょっと変わった実習です。今年のアドベンチャー実習は11月に行われたのですが、妙高周辺はもう随分寒くて、山はうっすらと白くなっている状態でした。りお太郎が担当の実習ということで、学生たちは当然山に連れていかれるのだろうと思っていたようで、それに山の上はとても寒いだろうということも予想していたようでした。実際、前半は登山をする予定になっており、しかもスッゴク寒い(悪天候)の中での活動することになりました。

Pb073335能生町(現糸魚川市)にある鉾ヶ岳権現岳は標高1,000mちょっとの低い山のわりに、とても険しくて、低くても登り応えのある山だと思います。鉾ヶ岳には金冠と呼ばれるボコンと飛び出た岩場があって、その上を通るルートは高度感あり、滑落の危険ありのヤバイ場所です。さらに鉾ヶ岳と権現岳を結ぶ稜線もバンザイ岩などといった難所があり、鎖、ロープが張りめぐらされていて決して気の抜けないところばかりです。

Pb073343予定ではまず鉾ヶ岳に登り、頂上でビバークしてから、権現岳まで2日間で縦走する予定だったのですが、天候はすこぶる悪く、雨は降る(あられ、みぞれ含む)し、風も強いし、おまけに雷まで鳴り出す始末で、どうにも予定は変更せざるをえない状況になりました。そんな中でもI-nac生たちは黙々と歩き、お互い協力しあいながら、(4~5人のグループで)頂上を目指しました。残念ながらこの天候の中、りお太郎は金冠の手前で全員に“撤退”を申し渡しましたが、ほとんどの学生たちが頂上まで行く気マンマンだったはずです。頂上をあきらめるのを悔しそうにしている学生もいました。下山時、岩場を懸垂下降するところもあり、それで手間取ったので時間がかかり、暗い中をヘッドランプで降りなければなりませんでした。とにかくたいへんだったな~。

Pict0015 登山のあとはMTBによる活動になりました。驚くことに、MTBの出発の朝は登山のときと比べると信じられないくらいの快晴で、ホントに気持ちの良い天気になったのです(そのまま最終日までずっと晴れた)。これは強力な雨男のりお太郎が、登山のときは力を発揮していたが、MTBの引率が武先生(I-nac随一の晴れ男)に変わったからだという意見がみんなから出ました。とりあえず登山のとき晴れなかったことは悔しいですが、りお太郎が雨男なことは全面的に認めます。

Pb083383 MTBでは能生町から海沿いを糸魚川方面に走り、いくつか峠を越えて海川渓谷に行き、そこでキャンプしました。その後にまたひとつ大きな峠を越え、小谷に向かったのですが、こっちの峠は完全に山道でした。ここは舗装もされていないし、自動車が通ることができないし、草ボウボウの上、泥でべちゃべちゃの道です。その細い登山道のような峠には途中自転車を担いで、渡らなくてはならない沢もあり、りお太郎はきっと学生たちがここで大苦戦し、何人か脱落者まで出るだろうと思っていました。

Pict0003 しかし、I-nacの2年生たちは仲間との絆を深めながら、そんなきつい峠もまるで相手にせず、余裕を持って最終キャンプ地の雨飾高原に到着しました。これにはりお太郎は良い意味で期待を裏切られました。たとえMTBであっても、距離にすると150kmほどのアップダウンの多い道やダートの山道を走ることはたいへんなはずです。それを学生たちは楽しみながら見事に全員が越えることができたのでした。

Pb103427_1 アドベンチャー実習の最終日の夜、学生たちが準備したスライドショーを全員で見ながら(車内が映画館のようにセットされた)、今までの学生生活を振り返りました。そこで、この肉体的にも精神的にもつらい実習で得た経験を十分にかみしめることができたと思います。そのスライドショーには入学したばかりの時撮った写真も含まれていたのですが、みんなが確実に成長していることも実感できました。

Pb100042 たとえ小さな冒険でも、その経験が人生を変えることはよくあることだと思います。冒険は自分自身を見つめる良い機会を与えてくれます。そして、一緒にいる仲間との関係を深めることができたり、普段感じることのできなかった仲間の良い部分(悪い部分もだけど)も見え、信頼関係が生まれることによってお互いを成長させてくれるのです。何よりも、一生懸命に力の限り活動している時は、無心で、あとになってから思い出深い時間にもなります。充実した時間をより多く持つことができれば、それによって人生に対して満足感も増すに違いありません。

りお太郎はこの実習で、どんなにきつい行程の中でも学生たちから笑顔を見ることができたことが嬉しかったし、仲間と一緒にがんばっている姿が、なんだかとても羨ましかったです。

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2006年11月11日 (土)

いいづなリゾート MTB2時間エンデューロレース

長野県の飯縄東高原にある霊仙寺湖はとても心が安らぐ場所だ。目の前には飯縄山が聳え、隣は黒姫山、そして妙高山とつづき、この湖のほとりでのんびり山を眺めていると空が広く感じられ、のびやかな高原の空気がとてもおいしい。さらに、湖畔には“むれ温泉天狗の館”という温泉もあるので、ホント心も体もゆっくり休めることができる。

りお太郎としては、霊仙寺湖でゆっくりとした休日を過ごしたいところだったが、11月5日の日曜日に、その湖畔でマウンテンバイクのレースが開催されることを聞き、すぐさま学生たちと参加することにしたのだった。最近ずっと忙しくて、体が疲れていたのでホント温泉だけでよかったのだが、なんとレースに参加すれば無料温泉券が配られ、さらに入賞するといいずなスキー場のシーズン券まで手に入ると聞けば、じっとしているわけにはいかなかった。

Pict0001 昨年この大会にはI-nacのマウンテンバイク学科の学生たちが参加し、賞品をごっそり獲得している。(主催者側に少し迷惑がられていた)今年はマウンテンバイクの学生たちは遠慮し、そのかわりI-nacからは山岳部の学生や、アドベンチャーレース好きの学生たち、そして長野先生&りお太郎が走ることになった。それぞれ2~3人のチームに分かれて、I-nacアウトロー組、山岳部イレギュラー、I-nacいきいきマイペース、チームのじこの合計4チームで参加したのだが、その結果、I-nacがビギナークラスの表彰台を独占することになった。そして賞品としてスキー場のシーズン券やたくさんの野菜を手に入れたのだった。

Pict0048なんだか毎年やってきて、ずいぶん賞品を持って帰っているので、もう来ないでくれって言われそうだけど、みんながレースを存分に楽しめた。そしてレース後は温泉に浸かりながら、入賞の喜びをかみしめることができた。

Pict0038

アドベンチャーレースで鍛えているYusukeは余裕の表情

Pict0033 爆走するHiroshi!

Pict0022_1 気合の入った長野先生

Pict0011_1 賞品の巨大な大根

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2006年10月26日 (木)

“新潟カップ”で いっと が奮闘

Pict0003_3 新潟県山岳協会が主催するクライミングの大会“新潟カップ”は、毎年I-nacで開催されています。この大会には新潟県在住の腕に覚えがあるクライマーのみならず、他県からもクライマーたちが妙高にやってきます。

I-nacからは1年生のいっとが参戦し、オープンクラスというカテゴリーで最もレベルの高いクライマーたちと競い合いました。この大会の参加者たちが登るルートを考え、ルートセッターとして用意してくれたのはI-nacのクライミング講師の丸木先生です。これはいっとにとっても、他のクライマーたちにとっても重要なポイントで、丸木先生はボルダリングの日本チャンピオンという肩書きどおり、とにかく難しく、激しく、頭脳も必要とする、厳しめのルートを作る人です。

案の定、丸木先生の創造力が要求されるルートでオープンクラスは大混戦になりましたが、いっとは予選では4位につけ、順当に決勝にすすむことができました。決勝のルートは、これまたユニークかつ難しいものになり、最終的にすべて登りきった完登者はひとりもいませんでした。そして、われらがいっとの最終順位は4位。わずかの差で入賞を逃してしまったのでした。う~ん、残念!

今後、丸木先生に鍛えてもらいながら、いっとはステップアップしてくれると思います。

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2006年10月16日 (月)

りお太郎、大町マラソンを惨めにリタイヤ

フルマラソンを走ることには、とても大きな価値があると思う。

何が楽しくてそんなに長い距離を走るのか?走っていて気持ちが良いことなんてあるの?42.195kmを走ると、それほどの達成感があるのか?といった単純な質問に対し、正直なところりお太郎は明確な答えを持たない。マラソンは過酷であり、孤独でもあるし、走りきるためにはそれなりに走りこんだり、体を鍛えることが不可欠なので、とても気軽で、誰でも楽しめるスポーツとも言えない。それでも、マラソンを走ることはすばらしいことで、とても大きな価値がある、と言い切れる。

重いザックを背負って、きつい急登を黙々と歩く登山にも、マラソンと通じるものがあると思う。どちらかというと登山もマラソンも、"M"の人に向いている(りお太郎は自他共に認めているマゾな男)。体が痛めつけられ、精神的にも追い込まれ、最終的には達成感というよりも、終わったという安堵感が待っているような、そんな世界だ。それにもかかわらず、不思議なことに誰になんと言われようが、登山がしたい、マラソンを走りたい、と言う人はたくさんいるのだ。

さて、今年の大町マラソンにはI-nacの3年生たちが走ることになっており、それを聞いてすぐに、りお太郎も一緒に走ることを決断した。今思えばそれはあまりにも安易で、完全に準備不足だったことを否めない。マラソンに向けてのトレーニングも、その当日前までに体調を整えるようなこともしなかった。りお太郎は19歳の時、フルマラソンを完走しており、それなりに山登りにも行っているのだから、何もしなくても、なんとかゴールまで走りきることくらいはできるだろうと、自分の肉体を過剰にまで信頼したのだ。

Pict0011 結果は無残にも、途中タイムアウト(30km地点で、4時間を過ぎるとリタイヤさせられる)という、なんとも歯がゆい、中途半端なことになった。その30km地点を、2分ほど早いタイムで通過できれば、タイムアウトにはならなかったのだが、もうゴールまでたどり着くための力は残されていなかった。とにかくボロボロだったのだ。ひざと、足首、そして足の裏が激しく痛み、さらに股ずれが追い討ちをかける。23km地点あたりで、ついに自分に負けて、歩いてしまった。その後はほとんど歩きメインで、走ってはすぐ痛みにこらえきれず、歩いてしまう。一度負けてしまうと、もうそこから不屈の魂を奮い立たせ、気合いを入れ直して、走ることはできなかった。

りお太郎はここ3年ほどで体重が6~7kgも増えている。さらに30代を向かえ、20代前半の時のように毎週山にでかけたりもしていない。はっきし言って運動不足だし、間違いなく年老いて、中年オヤジにむけてまっしぐらに進んでいる状態だ。19歳のとき走ったフルマラソンでは、ゴールのタイムは4時間5分だったはずで、今回はその時間帯に、30km地点あたりでぶっ倒れる寸前だった。なんとも悲しい結果だ。

多分、マラソンはたった1、2回だけでなく、何回か走ってこそ、初めてその良さや価値が分かってくるものではないだろうか。今回のマラソンで、自分の弱さを再認識でき、肉体的にも精神的にもどんどんダメな方向にいっている自分に気づかされた。ここで、なんとか踏ん張らなくてはならない!とりあえず、不甲斐ない姿を見せてしまった学生たちに、来年も大町マラソンを走る、と宣言した。

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2006年8月 4日 (金)

妙高で洞窟探検

妙高の樽本というところにI-nacの授業などでよく行く沢がある。途中に滝があり、シャワークライミングもできるなかなか良い沢なのである。実はこの沢の2つ目の滝がある場所に洞窟があり、以前からとても気になっていた。その入り口からだと、どのくらい深いのか見当がつかなかったので、いつかきちんとヘッドランプを用意して奥まで探検しようと考えていた。

ところが、りお太郎より先に学生が数名、この洞窟に踏み込んできたのである。話を聞くと、内部には天井いっぱいのこうもりがいて、その大群にビビってしまい、ちゃんと奥まではいけなかったそうである。体にこうもりが数匹とまった、なんて武勇伝を聞かされたので、りお太郎は学生よりも、もっと洞窟の奥まで行ってきてやろうという気になった。中で二股になっているなんてことも言っていたので、洞窟は相当深そうだ。

P8030028さて、昨日はとても暑く、沢登りには絶好の天気だったので、りお太郎は武先生と今田先生と一緒に、その洞窟に行くことにした。そして、洞窟が二股になっている先まで進み、片方の行き止まりまでは入ってきた。こうもりの数は想像以上で、体中にこうもりがぶつかってきて、最初は“ぎゃー”とか言っていたけど、たぶん感覚が麻痺してきたのだろう、そのうち頭にこうもりがとまっても驚かなくなった。それよりも、りお太郎はこうもりの“う○こ”の上を歩かなくてはならないことに抵抗を感じ、ヘッドランプに照らされた、どっさりと積もったあれの様子が、どうしても今も頭から離れてくれない。

二股からさらに進むと、奥に行けば行くほど狭くなり、途中からはって進まなくてはならなくなった。生き埋めになった気分になるくらい狭い洞窟の中で、こうもりに飛び回られながら、どんどん不安になってきたりお太郎は、一番奥まで行ってやるという最初の目標を簡単にあきらめてしまった。洞窟は思っていたよりずっと深く、たぶん50m以上は入ったと思うけど、まだまだ先は続いていそうだった。

地元の人の話では、昔の鉱山跡だということだ。こうもりたちの住みかに突然押し入ったので、慌てさせて可哀想な事をしたと思う。またすぐに人間たちがあそこに踏み込んでいくと、こうもりたちを驚かせて洞窟から引越させてしまいそうなので、次回行くのは当分先になってからにしようと思っている。あの狭いところの奥に行くために、りお太郎はもっとスリムにならなくては・・・

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